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ゼロ②

「あの。申し訳ないですが、部屋まで肩を貸して頂けませんか。今日はここに宿泊予定なんです」 「はい、もちろん。……俺のせいで本当にごめんなさい」  陸は彼女の体を支えながら、エレベーターを呼ぶためにボタンを押した。身を寄せる彼女の体温を感じ、少しだけ浮かれたような気分になる。自分のせいで怪我をさせてしまったのに不謹慎だなと、妙な気持ちに蓋をした。  すぐにやってきたエレベーターに二人で乗り込み、宿泊している階に向かう。静かなエレベーター内で、陸にしがみつく彼女の吐息が震えているような気がした。 「痛みますか? フロントで湿布貰ってきましょうか」  彼女は無言のまま首を振る。余程痛いのではないかと心配になり表情を確認しようとしたが、黒い髪がカーテンのように顔を隠してしまっていた。 「俺、佐伯陸って言います。もし病院に行くなら、費用請求してください」 「少し捻っただけです。大丈夫」  ふふっと息を吐くように、彼女は笑った。 「私のことは、(レイ)と呼んでください。それより、佐伯さんはラウンジへ行くところだったんでしょう? もし良かったら私の部屋で飲み直しませんか」  耳元で囁く声の威力にクラクラしてしまう。少し低めの掠れ気味な零の声は、やけに艶っぽい。 「それは、さすがに」 「さすがに?」  口篭もりながら遠慮する陸に、零が楽しそうに問い返す。 「あなたの部屋にまで入るのは、ちょっと」 「でも、私だって本当はラウンジで飲みたかったんですよ? だけど行けなくなっちゃった。誰かさんのせいで」  陸はグッと言葉に詰まる。そうこうしているうちに、部屋の前までたどり着いた。零はカードキーで解錠し、部屋の扉を開けて陸を振り返る。 「意地悪言ってごめんなさい。でも、一杯だけ。ね?」 「……じゃあ、一杯だけ」 「良かった」  促されるまま部屋に足を踏み入れた。淡いターコイズグリーンの壁紙に、シンプルだが機能的な調度品。夜景の良く見える窓際に椅子が一脚と、丸テーブルの上には赤ワインが置かれている。 「佐伯さん。そこのオープナーでワインを開けて貰っていいですか」  零はミニバーに整然と並べられている食器の中から、ワイングラスを二つ手に取った。

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