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ゼロ③

「零さん、座っていて下さい。足、痛むでしょう」 「さっきより痛みは引いたみたい。これくらいなら大丈夫です」  零が足を庇いながら、ゆっくりこちらに向き直る。捻挫した時に飲酒をしても良いのだろうかと不安を抱きながら、陸はワインオープナーを手に取った。ソムリエナイフで切り込みを入れ、キャップシールを剥がしていく。  零はテーブルにグラスを置き、おもむろに枕元にあるスイッチに指を伸ばした。部屋のメイン照明が落とされ、スタンド式の間接照明だけが僅かな明りを灯す。手元のワインから顔を上げ、陸は顔をしかめた。 「部屋、暗過ぎませんか。もう少し明るくしましょうよ。ワインが開けにくい」 「だって、この方が夜景も綺麗に見えるでしょう?」  クスリと笑いながら、零がベッドに腰掛ける。シェード越しに放たれるオレンジ色の明りが、零の横顔を淡く照らした。    零を見ていると胸がざわつく。  落ち着かなさを紛らわすように、陸はワインの開栓に集中した。それほど酒に詳しくない陸でも知っている、イタリア産の高級ワインだ。失敗してコルク片など入れてしまっては申し訳ない。  「ポン」と言う心地よい音とともにコルクがするりと抜け、ホッとしながらグラスに注ぐ。暗い部屋でも解るほど色の濃いワインで、赤と言うよりも黒に近かった。  満たされたグラスを手にした零は、椅子に座ろうとした陸の腕を掴む。 「隣に座って。せっかくだし、夜景を眺めながら飲みましょうよ」  ベッドに並んで座るのは躊躇われたが、強く腕を引かれて仕方なく腰を下ろした。「乾杯」と言って零がグラスを軽く掲げたので、陸も同じようにグラスを持ち上げる。  肉料理に良く合いそうな重めのワインが喉を通過し、体の内側から熱くなる。一次会からほろ酔いの状態だったので、酒が回るのも早いかもしれない。  深く酔わないようにしなくてはと、陸はグラスを一旦置いた。

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