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*第十七話* 自己嫌悪の塊
そう祈る一方で、なんて心許ない関係なのだろうとも思う。
清虎の息遣いをこんなに近くで感じるのに、彼の意図が全く読めない。
今、確かなものは何一つないのだ。
零を見ていて感じた胸騒ぎも、仕草の一つ一つも、全てが清虎に繋がっていた。ただ、それだけだ。零の正体が清虎だと確信していても、ではなぜ零の姿で現れたのかまでは解らない。
急に清虎の存在があやふやに思え、その姿を確かめたい衝動にかられた。陸は目を覆うネクタイを外そうと手をかけたが、「駄目」と言う声が降ってきて動きを止める。
「まだ、駄目。もう少し待って」
弾む息のまま、清虎がベッドから降りる気配がした。乱れた服や髪を直しているのかもしれない。布の擦れる音が聞こえる。
従順に言いつけを守る陸は、ベッドに横たえたままじっと待つ。その間も苦悩は続いた。
いっそ「清虎」と呼び掛けてしまおうか。
「もう目隠しを外していいよ」
相変わらず女性のような裏声だ。正体を明かす気はないのだろうか。
目元に巻かれていたネクタイを外し、声のした方を見る。窓辺に立つ清虎はこちらに背を向け、夜景を眺めていた。
陸は無言のまま体を起こし、はだけたシャツのボタンを留め、ズボンのベルトを締め直す。
清虎が口に何か咥え、カチッという音とともに火が点いた。吐き出された白い煙が、暗い部屋にマーブル模様を描いて端から消えていく。
「煙草、吸うんですね」
迷った挙句、敬語を使った。清虎が零と名乗っているうちは、気づかない振りをしておこう。
「たまーに、ね」
気怠そうに答えた清虎は、こちらを見ようともしない。
「足、大丈夫ですか。明日病院に行くなら付き添いますよ。新しい靴も贈らせてください」
「ああ。あれ、嘘だから気にしないで」
「嘘?」
陸が驚いて問い返すと、清虎はふふっと笑った。
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