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自己嫌悪の塊②
「そ。本当は足を痛めてなんかないの。ヒールが折れたのを見て、閃いちゃっただけ。なんとなく、貰い物のワインを一人で飲む気になれなくてねぇ。あなたをこの部屋に呼ぶために、咄嗟に嘘吐いちゃった」
清虎は悪びれる様子もなくさらりと言い、細い指に挟んだ煙草を再び口元に運んだ。何もない天井を見上げ、深く吸い込みゆっくり吐き出す。
「怒った?」
「いえ。怪我をしていないなら、良かったです」
ベッドに腰掛けた陸は、清虎の後ろ姿に面影を探した。長い黒髪に覆われていても解るほど、背筋の伸びた綺麗な立ち姿が懐かしい。昔は標準語を話していても関西のイントネーションが所々混ざっていたが、今では全く気にならない程上手くなっている。
テーブルに残されたワインと清虎がくゆらす煙草を見て、大人になったんだなと月日の流れを実感した。
「ワインの御礼もしたいし、近いうちに食事でも行きませんか。零さん、いつなら空いてます?」
「さっき言ったでしょ。ワインは貰い物なの。だから、お礼なんていらない」
清虎は苛立ったように煙草を灰皿に押し付け、乱暴にもみ消した。
「でも、また会いたいんです」
陸は本心からそう言ったのだが、清虎は少しだけこちらに体を向け、冷笑を浮かべる。
「もしかして、次に会った時はヤレるかもって期待してる? 残念でした。二度目はないの。これっきりで、おしまい」
「どうして」
「どうしてって言われてもね。私がもう、あなたに会いたくないって思ってるだけ。まだ他に理由が必要?」
開いていた扉をぴしゃりと閉められてしまったような、有無を言わせない冷たさがあった。それでも陸は清虎との繋がりを断ちたくなくて、必死に食い下がる。
「体の関係なんて求めてないよ。信用できないなら会わなくても構わない。でも、せめて連絡先を教えてくれないかな。お願い、これっきりだなんて言わないで」
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