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自己嫌悪の塊④

「まさか。むしろ、零さんに不快な思いをさせてしまって申し訳ないと思ってます」 「不快? 嫌がるあなたに酷いことをしたのは私の方じゃない」  腑に落ちない様子で清虎は言ったが、陸は小さく首を振った。 「俺がキスして欲しいなんて言い出さなければ、零さんだってあんなこと。その上、また会いたいと駄々をこねて困らせて。俺の方が、よっぽど幼稚で無遠慮で、救いようがないでしょう」 「……そこまで自分を卑下しなくても」 「いいんです。自覚はあるんです。いつもはもっと気を付けていたんですけど、今日は少し浮かれてしまいました。ごめんなさい」  陸は言い終わると同時に、部屋の入口に向かった。ドアノブに手をかけて、ふと、いつか言っていた清虎の言葉を思い出す。 『思い出してもらう時は、笑った顔の方がええやん』  本当だな、と思いながら、陸は笑顔を作って清虎の背に声を掛けた。 「一緒に酒が飲めて嬉しかったです。おやすみなさい。……さようなら」  瞬間、窓の外を見ていた清虎が弾かれたように振り向いた。目を見開き何か言いたげな表情で立ち尽くしている。  ああ、やっぱり清虎だ。化粧をしていても面影がある。  部屋から一歩踏み出し、陸はもう一度振り返った。閉まりかけた扉の隙間から清虎が見え、少しの間、視線を合わせた状態が続く。  パタン。と無機質で重たい扉が閉まり、ジ・エンドの文字が見えたような気がした。映画でも観ていたような、不思議な感覚に陥る。清虎が目の前にいても、画面越しに会話をしているような距離感があった。  扉が閉まる直前、清虎の頬に涙が落ちたような気がしたが、きっと脳が勝手に都合よく見せた幻だろう。もしかしたら最初から、零なんて人は存在していないのかもしれない。全て陸が見たいように見た、ただの夢の可能性もある。  陸は胸をさすりながら、心を麻痺させるのに慣れておいて良かったと口の端を上げた。そうでなければきっと、今頃みっともなく泣き叫んで、幻滅されていたに違いない。

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