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自己嫌悪の塊⑥
日付が変わる頃、ベッドサイドに置いてあったスマホが着信を知らせた。ちょうどシャワーを済ませて部屋に戻ってきた陸は、慌てて表示画面を確認する。
「哲治……」
帰宅を知らせるメールは既に送ったが、まだ何か足りなかっただろうか。陸は緊張しつつ、応答の文字をタップした。
『ああ、陸?』
声の調子を聞く限り、怒ってはいなそうだ。安堵しながら「どうしたの」と返す。
『メール見たよ。あの後、大変だったな』
「うん。哲治と一緒に帰っておけば良かった」
そんな気など全く無い癖に、こう言えば哲治が喜ぶと解っていて心にもない言葉を並べてしまう。狡い自分を認識して、少々後ろめたい気持ちになった。
『ははっ。そうだよ、一緒に帰れば良かったのに。遠藤に二次会誘われて、よく断れたなぁ』
「仕事があるって言い張ったから。かなり粘られたけど」
『そっか。遠藤、他に何か言ってなかった?』
ああ、これが聞きたくて電話してきたのかと陸は理解する。
「哲治に頼りっぱなしじゃ駄目だって怒られた。あと、哲治も過保護だって。相変わらずだねって呆れてたよ」
当たり障りなく答えると、哲治も安心したように笑った。
『あいつだって、相変わらずだけどな』
「あはは。そうだね」
『それで結局、清虎は来なかったの?』
急に清虎の名が出てヒヤッとしたが、平静を装い「来なかったよ」と返事をした。
『……なあ。もし今、清虎が現れたらどうする』
哲治は何か知っているのだろうか、それとも単純な質問だろうか。どちらにせよ、返すべき答えは決まっている。
「どうもしないよ。今更、合わせる顔もないし。会いたくない」
『そっか。そうだな』
納得したような声色だが、本当は試されているんじゃないかと陸は内心冷や汗をかく。哲治はそれで気が済んだのか、軽く他愛のない会話をした後、通話を切った。
ドッと疲れが押し寄せベッドに倒れ込む。腰のあたりがじんわり重くて、吐精したからだと気づいた瞬間、恥ずかしくなって枕に顔を埋めた。
清虎はもう、あの部屋で眠りについただろうか。陸は二人だけの小舟のようなベッドを思い出す。
せめて夢で逢うくらいは許して欲しいと願いながら、瞼を閉じた。
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