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*第十八話* 合縁奇縁
翌日から陸は、毎日劇場に足を運ぶようになっていた。
ただ、足を運ぶと言っても芝居を見る訳ではなく、ソワソワと歩きながら横目で建物を眺めるだけだ。劇場は急な階段を上った二階にあるので、外から見たって中の様子は少しも伺い知ることは出来ない。それでもわざわざ遠回りをしてでも、出勤前と帰宅時に劇場前を通るのが日課となっていた。
「もうすぐ一週間か……」
会社のデスクに置いてある卓上カレンダーを見て、陸はため息を吐く。同窓会があったのは先週の土曜日だ。あれ以来、清虎には一度も会えていない。もう会わないつもりでいるのだから、それは当たり前のことなのだけれど。
「なになに? 一週間がどうしたって」
頬杖をついて背を丸めていた陸の頭上から、快活な男性の声が降って来きた。陸は慌てて体を起こし、声の主を見上げる。
「深澤 さん。どうしたんですか」
「うん。この前お願いした、商品提案用の資料出来てるかなと思って。ほら、ファミレス向けの新メニューのやつ」
「ああ、はい。出来てます」
「さっすが佐伯くん! やっぱ仕事早いなぁ」
人懐っこい笑みを浮かべ、深澤は豪快に陸の肩を叩いた。
陽気なオーラを全身から発し、ノリが良く、軽い口調。ややもすると軽薄な印象を与えてしまいそうだが、深澤はスポーツマンらしい爽やかさの方が勝っているので好感が持てた。
三十代半ばだが、見た目はもっと若く見える。短髪が良く似合い、精悍で男らしかった。
営業向きの人だなあと感心しながら、陸はまとめた資料を深澤に手渡す。
「ところで、金曜の午後なんだけどさ、クライアントさんのところへ一緒に行ってもらえないかな。大事な商談だから、営業企画部の人がいてくれると心強いんだよね。俺以外に佐々木も一緒に行く予定なんだけど、どうかな」
お願い、と両手を合わされて、陸は「もちろん」と頷いた。
「企画部も全面的にバックアップしますよ」
「ありがとう、助かるよ。詳しいことは後でメールするから」
手を振りながら、深澤が自分のデスクに戻っていく。
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