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合縁奇縁③
「えっ」と驚いた陸の隣で、佐々木が「行きたいです!」と勢いよく手を挙げた。
「ちょうど昨日、雑誌の特集で見て、行ってみたいと思ってたんですよね。新作の抹茶パフェ、凄く美味しそうでした」
わくわくしたように声を弾ませる。
佐々木は陸と同期のハツラツとした女性だ。バイタリティーに溢れているので、彼女も営業に向いているなと陸は常々思っていた。
「よし、じゃあ決まりだな。ここから三十分もかからないで着くだろ」
言いながら、深澤がタクシーを止める。乗り込んだ瞬間「道案内は佐伯くんよろしくね」と告げたので、それを聞いた佐々木は首を傾げた。
「なんで佐伯くんが道案内なんですか?」
「知らなかった? 茶益園って、佐伯くんのご実家だよ」
「ええっ!」
狭い車内で佐々木は身をよじって陸を見た。陸は気まずそうに目を逸らし、運転手に住所を告げる。
「佐伯くん、なんで今まで黙ってたの」
「別に隠してた訳じゃないよ。聞かれてもないのに、自分から言うのも変でしょ」
茶葉の売り場に併設したカフェはその後も順調に知名度を上げ、観光ガイドでは定番のグルメスポットとして紹介されるほどになっていた。成海が趣向を凝らして創る和スイーツは、味はもちろん見栄えもいいので、若い女性には特に人気が高い。
「浅草に住んでるって凄いね。実家が観光地だなんて、ちょっと憧れちゃうなぁ」
「大袈裟だよ」
「いやいや、凄いって。いつでも茶益園のスイーツ食べられるなんて、羨まし過ぎるよ」
佐々木がスマホでメニューを検索し、「何を食べようかな」と悩みだす。羨ましいと言われて悪い気はしない陸は、照れくささを隠すように外を眺めた。窓に映る自分の顔は何だか少しニヤケていて、慌てて口元を引き締める。
日が傾き始め、夕日に照らされた街並みはどこか慌ただしく見えた。あと三十分も経てば完全に日は落ち、夜の匂いが濃くなるのだろう。
「予約してないけど、大丈夫かな」
店の前でタクシーを降りると急に不安になったのか、佐々木が陸の袖を引いた。
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