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合縁奇縁④
「うちは甘味しか置いてないから、食事時は逆に空いてるよ」
「ああ、良かった。ここまで来たのに混んでて入れないとか、ショックで立ち直れないもん」
佐々木が肩まである栗色の髪を耳にかけ、ホッとしたように息を吐いた。深澤は笑いながら、老舗らしい風格のある暖簾をくぐる。きっと彼は店の情報を把握したうえで、今から行こうと提案したのだろう。そんなことを考えつつ、陸も深澤の後に続いた。
「いらっしゃいませ!」
元気よく挨拶をしたアルバイトの女の子は、深澤の背後にいた陸を見て「おや?」と言うような顔をした。
「陸さん、おかえりなさい」
「ただいま。カフェに三名って入れます?」
「大丈夫ですよ。ご友人と一緒なんて珍しいですね。女将さんお呼びしますか?」
「いい、いい。呼ばないで」
ぶんぶん首を振る陸に、アルバイトの子は可笑しそうに「はぁい」と返事をする。案内された席に着き、深澤が開いたメニューから顔を上げた。
「佐伯くんのおすすめは?」
「甘いのが苦手でなければ新作ですかね。生茶のゼリーは定番なので、こちらもおすすめですよ」
「じゃあ俺は定番メニューにしようかな」
「私は新作で!」
オーダーを済ませて今日の成果を話している最中も、陸は何だか落ち着かなかった。
調理場から出来上がったスイーツを両手に持ち、満面の笑みでこちらに向かってくる成海の姿が見えて、陸は気恥ずかしさに顔を覆いたくなる。ふと、授業参観や三者面談を思い出してしまった。
「弟がいつもお世話になっております」
成海が笑顔で頭を下げる。陸は成海の運んで来たものの配膳を手伝いながら、「兄の成海です」と深澤と佐々木に紹介をした。
深澤は直ぐに立ち上がり、名刺を差し出す。
「こちらこそ、佐伯くんにはいつもお世話になっております。今日は市場調査も兼ねてお邪魔させて頂きました。もし茶益園さんの抹茶ソース、商品化などお考えでしたら、その時は是非お手伝いさせてください」
こういう時でも抜け目ないなと、陸は感心してしまう。
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