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合縁奇縁⑥

 急な階段を上り切り、劇場入り口に立っていた従業員に深澤がチケットを手渡す。ショーの合間だったらしく、すぐに一番後ろの席に案内された。客席は暗く、舞台に向かってスポットライトの光が伸びている。  逃げ出すとでも思われているのか、移動している間も深澤は陸の手首を掴んだままだった。そろそろ離して欲しいと思いながら着席し、劇場内を見渡す。客席は階段状になっていて、一番後ろからでも舞台は良く見えた。  どうやら芝居は既に終わっていて、今は舞踊ショーの真っ最中らしい。  紋付き袴に扇子を持った役者たちが舞台に現れ、華やかな音楽に合わせて息の合った踊りを披露し始めた。思わず身を乗り出し清虎の姿を探したが、いないとわかるとホッとしたような残念なような、複雑な気持ちになる。 「なんだ。外で待ってるなんて言うから、てっきりこういうのは苦手なのかと思った。興味津々じゃん」  役者たちが舞台袖に引っ込んだのを見計らって、深澤は陸に身を寄せ耳打ちした。 「別に苦手という訳じゃ……って言うか、もう観念してるんで、手を離してください」 「ああ、ごめんごめん。孤高の貴公子とお近づきになれたから、嬉しくてつい」 「孤高の貴公子? 何ですか、それ」  唐突に出てきた聞き慣れない単語に、陸が首を傾げる。陸の左隣に座っていた佐々木が、質問に答えるように小声で告げた。 「佐伯くん。実はキミ、営業部のアイドルなんだよ。仕事出来るし、イケメンだし。でもさ、仕事以外の会話ってあんまり応じてくれないじゃん? 人を寄せ付けないって言うか。だからみんな憧れと敬意を込めて『孤高の貴公子』って呼んでるの。って、私が暴露したのは内緒にしてね」  拝むように手を合わせ、佐々木が「勝手にあだ名付けてゴメン」と片目を瞑る。 「そうなんだ……」  まさかそんな呼び名が付けられていたとは知らず、軽い衝撃を受けた。しかし今まで人付き合いを極力避けてきたのも事実で、それにもかかわらず好意的に思われていたのは意外だった。

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