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仕方ない③
「生まれる前から知り合いだなんて、凄いですね。じゃあ、幼馴染より兄弟って言った方が近いのかな」
深澤は驚きつつ、ビールのグラスを口元に運んだ。哲治はしみじみ「ええ」と相槌を打つ。
「幼馴染で、兄弟のようで……二人で一つと言った感じですかね。昔から、いつも一緒でしたし。陸には俺が付いていないと駄目なんです」
自信ありげに言い切られて、陸はムッとしながら反論する。
「違うだろ。哲治の方が、俺がいないと駄目なんだ」
「確かに。そうかもしれないな」
哲治は目を伏せ、満ち足りた笑みを浮かべた。そんなやり取りに、一瞬だけ深澤の表情が曇る。
何かを危惧するような眼差しが気になった陸は、深澤に問おうと口を開きかけた。しかし、陸より先に放たれた哲治の言葉で、それどころではなくなってしまう。
「ところで、茶益園に行った後もずっと浅草にいたんですか? 夕方から今まで、結構時間がありましたよね」
「浅草寺と仲見世を見て回ったんだ」
劇場に行ったことをなるべく伏せたい陸は即答した。けれど、その答えでは哲治の疑念は拭えなかったらしい。
「その二カ所だけ?」
そう聞き返されれば、当然佐々木が「そのあと大衆演劇を観てきました」と素直に答えてしまう。
「へぇ。大衆演劇を」
「あぁ……うん。佐々木さんはレトロな建物が好きなんだって。花やしきに向かう途中でたまたま通りかかったら、劇場に興味を持ってさ」
あくまでも偶然だったことを陸は強調する。まだ誤魔化せるはずだ。大衆演劇で清虎を連想したとしても、まさか本人が戻って来ているとは思わないだろう。
陸は落ち着かない心臓を鎮めるために、冷えたビールを口に含んだ。早く話題を変えてしまおう。そう思い深澤に視線を向けると、深澤もこちらを見ていたようで目が合った。先ほどの心配そうな色は消え、今度は何かを探るような雰囲気がある。
嫌な予感がした。
「佐伯くんさ。あの綺麗な女形 と、もしかして知り合いだった? 握手してる時、何だか『役者と客』って感じじゃなかったから」
よりによって、一番隠しておきたいことを晒された。陸の顔から血の気が引いていく。哲治の目を見ることが出来ない。
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