91 / 164

仕方ない⑤

 ぐっと両腕を突き上げ、思い切り伸びをした佐々木が「もう一軒行きましょうよ」と明るく笑う。 「ダメダメ、もう遅いからね。今日は解散」  深澤が手を挙げて一台のタクシーを停めた。運転手に五千円札を渡した後、佐々木に乗るよう促す。 「えっ、お金」 「お釣りがあったら月曜によろしく。じゃあ、気を付けて帰ってね」    有無を言わせず後部座席に佐々木を押し込め、深澤がバイバイと手を振った。走り出したタクシーを見送り、ふうっと息を吐く。その背中に向かって、陸が声を掛けた。 「あの。飲み代、払わせてください」 「いらないよ。今日は無事に契約が決まったお祝い。佐伯くんにもお世話になったから、お礼くらいさせて」  何を言っても飲み代は受け取って貰えなそうな雰囲気に、陸は諦めて「ご馳走様です」と頭を下げた。それでいいと言わんばかりに、満足そうに深澤が頷く。 「今日は佐伯くんの意外な一面がたくさん見れたなぁ。キミ、実はかなり気が強いでしょ」 「そんなことないですよ」 「いや、そうだよ。大人しいフリしてるだけ。気が弱くて人付き合いを避けてるのかと思ったけど、本当の理由って何?」 「そんな、フリだなんて」  陸は心外そうに顔を歪め、不機嫌さを露わにする。 「ほら、そういうところ。気の小さい人はそんなに感情を表に出さないって。もしかしてちょっと酔ってる? いつもより素が出てるのかも」  ははっと笑った深澤の声が、シャッターの閉まった商店街に響いた。その笑顔のまま、深澤が陸を見おろす。 「あの哲治って子は、佐伯くんの何なの? 親友だとしてもなかなか出てこないよ、『二人で一つ。俺が付いていないと駄目』なんて言葉」 「あいつは、ただの幼馴染ですよ。人の世話を焼くのが好きなんです」 「そう? 佐伯くんの返した言葉にも俺は相当驚いたけどね。『哲治の方が俺がいないと駄目なんだ』って。お互い、自分がいないと駄目だと思ってるってことでしょ? それって恋人なのかなって思っちゃうよね」  まさか、と陸は吐き捨てた。恋人だなんて勘弁してくれと本気で思う。 「あいつのこと、解ってやれるのは俺しかいないから、見捨てられないだけです。だって、一人にしたら壊れちゃうから」  深澤は衝撃を受けたようだった。眉間の皺を深め、痛ましげな目で陸を見る。

ともだちにシェアしよう!