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仕方ない⑥
「一人にしたら壊れる? その言い方だと、壊れかけた前例があるみたいだね」
「中学の頃なので、随分昔の話ですけど。あいつの側にいないと、周りまで巻き込んで俺を捕まえておこうとするんです。だから、仕方ないんです」
仕方ないと言う言葉は便利だ。あやふやな理由でもいくつか詰め込んでひとまとめにしてしまえば、それらしい言い訳になってくれる。
「なるほどねぇ。例えば、キミが哲治くんより俺を優先するようになったら、どうなるの?」
「さぁ……。根回しして、会社を辞めさせようとするんじゃないですかね」
容易に想像できてしまい、うんざりしながら陸は答えた。
実際、哲治を優先している今でさえ、哲治は陸に仕事を辞めて欲しいと願っている。
人気のある成海のカフェスペースを独立した店舗にし、茶葉の売り場は本店として、そこを陸に任せたらどうかと哲治が提言したことがあった。
両親はその案に乗り気になり、真剣に陸に会社を辞めるよう勧めてきたので、非常に参った経験がある。
あの時は、成海が「もともと茶葉を買ってもらうために足止めする役割なのに、カフェを独立させたら本末転倒だろう」と、冷静に説き伏せてくれたので事なきを得たのだが。
「仕方ない、か」
深澤が、先ほど陸が口にした言葉を噛みしめるように呟いた。
「俺、『仕方ない』って言葉、嫌いじゃないんだよね。諦めの中にも、どこか前を向いた感じがして。でも佐伯くんの言い方には、ポジティブな感じが一切ないんだよなぁ」
「それは深澤さんの勝手な印象じゃないですか。そんなものを押し付けられても困ります」
陸は挑むように深澤を睨んだ。深澤は、「ほらね、やっぱり気が強い」と肩をすくめる。
「佐伯くんさぁ」
深澤はそこで一呼吸置いた。陸の顔をじっと見て、次の言葉を選んでいるように見える。
きっと、今の関係はおかしいとか、早く離れた方が良いとか、そんなことを言われるのだろう。
「哲治くんが壊れないために側にいるって言うけど、本当にそう? 一見すると、佐伯くんが彼に振り回されているようだけど、実は逆なんじゃないの」
「は……? 逆?」
全く予想していなかった言葉に、陸は呆然としながら深澤を見上げた。
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