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仕方ない⑦

「どういうことですか」 「うん。とりあえず歩きながら話そうか」  深澤の落ち着き払った態度が、陸を余計に苛立たせる。陸は前を行く背中に食ってかかった。 「逆って、俺が哲治を振り回してるってことですか。そんな訳ないでしょう。俺が今までどれだけ哲治の我儘を聞いてきたと思ってるんです」 「そうだね、『逆』は言い過ぎたかもしれない。『同じくらい』かな」  ふざけるなと喉元まで出かかったが、なんとか飲み込んだ。陸とは対照的に、深澤が静かな声で話を続ける。 「佐伯くんさ、大事な人と突然の別れを経験したことあるんじゃない? それも到底受け入れられないような、理不尽な別れ方」  血が上って熱くなった頭に、冷水を掛けられたような気がした。なぜそれを知っているのかと、深澤を凝視する。 「やっぱり。その感じだと、心当たりがありそうだね」  人通りのない新仲見世通りに、二人の足音が響く。得体の知れない寒気に襲われ、陸は身震いした。 「佐伯くんは大事な人を失って、心にぽっかり穴が開いたんじゃないかな。あまりにも寂しくて、気が狂いそうにならなかった? 本能的に、その穴を塞ごうとしたんだろうね。哲治くんの言いなりになることで思考を手放し、義務感で喪失感を埋めたんだ」 「……つまり俺は、自分のために哲治の言うことを聞いていたと?」  喉から絞り出した声は、自分のものとは思えない程かすれていた。 「素人の戯言(たわごと)だから聞き流してくれて構わないけど、キミ達は所謂、共依存だと思うよ。哲治くんはキミに執着しているし、キミはそんな哲治くんに、実は寄りかかってる。だってキミが本気で嫌がれば、逃げ道なんていくらでもあるのに」 「違う、俺は」  俺は。  反論しようとしても、言葉が続かなかった。  確かに哲治に従うのは、清虎への罪滅ぼしのような意味も込めていた。でも、もしそれが罪滅ぼしではなく、寂しさを紛らわすための行為だったとしたら。 「俺の勝手な意見だから、佐伯くんが違うと言うなら違うんだろうね。でもさ、これだけはちゃんと聞いてほしいな」  深澤は足を止め、陸の正面に立った。陸の両肩に手を置き目を覗き込む。 「どちらにしても、このままじゃ二人で共倒れだ。すぐに離れた方が良い。哲治くんのためにも」

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