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仕方ない⑧

 深澤の言葉は陸の体をすり抜けて、夜の空気に溶けていった。大事なことを言われているのは解るが、脳が理解するのを拒む。 ――正論は聞きたくないんだろうな。  他人事のようにぼんやりしたまま自嘲した。 「佐伯、ちゃんと聞け」  低い声で呼び捨てにされ、陸の体がビクッと強張る。普段は軽薄なほど明るい深澤だが、鋭く睨まれるとそれなりに迫力があった。陸が反射的に「すみません」と謝ってしまうほどに。 「現実逃避するな。しっかり自分の頭で考えろ。こんな痛みしか残らない関係、早く終わりにするんだ」 「痛みしか残らない……」 「そうだよ。痛みを誤魔化す為に新しい傷を作り続けて、この先は破滅しかないだろう」  何も可笑しくないのに、ははは。と、陸は笑った。今更痛みと向き合うなんてゾッとする。 「深澤さんは、エスパーなんですか。それとも初対面でもすぐ見抜ける程、俺も哲治も狂ってましたか」 「……実は、佐伯くんが零って役者から逃げるように列を離れた後、彼に尋ねたんだ。佐伯くんと知り合いなのかってね。それはそれは敵意に満ちた目で答えてくれたよ。『中学の同級生だ』って」  清虎の話になり、ぼやけていた陸の目に色が戻る。 「さっき、哲治くんが壊れかけたのは中学の時だと言っただろ? それで、零が関係してるんじゃないかってピンと来てさ。零は当時も旅役者だろうから、すぐに転校したんじゃないかと思って、『大事な人との別れを経験しただろ』って聞いたわけ」  種明かしをされ、納得しながら息を吐いた。霞んでいた視界が少しだけクリアになったような気がする。 「深澤さんの推理、だいたい合ってます。びっくりした」 「俺も興味本位で零に聞いただけで、こんなに根深い話になると思わなかったよ。でも、可愛い後輩をほっとけないしなぁ」  いつも通りのおどけた調子で、ぐっと顔を陸に近づけた。 「実家から出て、哲治くんとは物理的に距離を取った方が良いと思うよ。俺の部屋、もう一人くらい住めるけど、ルームシェアしてみる?」  突拍子もない申し出に、陸はキョトンとした。

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