瞬きを繰り返しながら深澤の顔を見返す。にこやかに笑いながら「どうする？」と問われた。単なる思い付きや気まぐれかと思ったが、冗談で言っている訳ではなさそうだ。 「実家を出ようと思ったことはあります。でも、ルームシェアはちょっと想定外過ぎて……」 「良い案だと思うけどなぁ。だって佐伯くんが一人暮らしなんてしたら、それこそ哲治くんは一緒に住むって言い出すでしょ」 　まさにそれを危惧して今まで実行出来ずにいた陸は、小さく唸った。心中を察したのか、深澤が理解を示すようにうなずく。 「いっそ、今から俺の家に避難しちゃえば」 「いや、そんな急には……少し考えさせてください」 「そっか、わかった。まぁ一緒に住むって言ってもあまり気負わずにさ、『ずっと友達の家に泊ってる』くらいの感覚で、気楽に考えてみてよ」 　やわらかく微笑んだ深澤は、大通りに視線を移す。遠くに空車のタクシーが見えて、車道に身を乗り出し手を挙げた。 「じゃあ、また月曜日にね。おやすみ」 「おやすみなさい。今日はありがとうございました」 　深く頭を下げて、陸は走り去るタクシーを見送った。深呼吸をするように、少し湿った夜の空気を吸い込む。話に夢中になっていて気付かなかったが、改めて周囲を見回し驚いた。いつの間にか、茶益園の目の前まで来ていたようだ。 「送ってくれたってことなのかな……」 　ごく自然にエスコート出来てしまう深澤は、さぞかしモテることだろう。 　そう考えてからふと、恋人はいないのだろうかと疑問が湧いた。陸とルームシェアをしてしまったら、恋人を気軽に家に呼べなくなるのではないか。 　洞察に富んだ深澤が自分から提案したのだから、きっとその辺りは問題ないのだろうけど、と陸は思いを巡らす。 「ルームシェアかぁ」 　そこまで親しい友人のいない陸には、そんな発想すら浮かばなかった。 　自宅の玄関を開けながら、はぁっと息を吐き出す。いつも真っ先に哲治に送る「ただいま」と言うメッセージを、途中まで打ったところで迷いが生じた。