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メーデー⑦
「ごめん、陸。どうしよう、ごめん」
自分の腹の上で困惑する哲治を、冷え切った気持ちで見上げる。どこまでも自分を「所有物」だと思っているこの男を、もう友人とすら思えそうにない。
哲治はごめんと繰り返しながら、陸の頬を両手で包んだ。口の端を切ったらしく、ピリッとした痛みが走る。
「陸、お願い。そんな目で見ないで」
「もう、どいてくれないかな」
「陸……!」
どれだけ懇願されても、愛想笑いすら浮かばない。
「陸、もう二度としないから。だから……」
「悪いけど、これ以上話をしたくないし、顔も見たくないよ。お互いのために距離を置こう」
「嫌だ」
哲治の潤んだ瞳は、海の底のような色をしていた。震える声で陸の名を呼び、頬に触れていた両手を喉元にまで下げる。
「哲治、離せ」
首を掴む指先にまだ力は加わっていないが、その気になればあっという間だろう。命を握られている恐怖に、陸は青ざめる。
「俺、どうすればいいんだろう。陸、助けてよ」
ずっと哲治から出されていた救難信号を拒み続け、こじれにこじれて行き着いた先が今なのだ。やはり待ち受けていたのは破滅だった。
「……哲治を助けてやれるのは、俺じゃない」
陸の返答を聞き、哲治は泣き笑いのような表情をした後、両手に徐々に体重をかけた。ゆっくり首を圧迫され、苦しさよりも頭がぼうっとしてくる。
辛うじて手を動かし、頭の直ぐ近くにあった竹製の串入れを掴んで、哲治に向かって投げつけた。思い切り投げたつもりだったが、もう力が全く入らない。哲治には当たらず、カランカランと乾いた音を立てて床の上に転がるだけだった。
「陸……本当はもう、ずっと前から解ってた」
か細い声で告げられ、陸は焦点の合わない目で哲治を見上げる。どんな顔をしているのか、もう見えない。
「哲治! オマエ、何やってんだよ!」
自分に覆いかぶさる大きな影が、物凄い勢いで横に吹っ飛んだ。ふいに呼吸が楽になり、陸は咳き込みながら顔だけを動かし声がした方へ向ける。
「きよ、とら」
哲治を殴り飛ばした清虎が、陸を背に庇うように立っていた。哲治は地べたに座り込み、諦めたように項垂れている。
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