108 / 164

メーデー⑦

「ごめん、陸。どうしよう、ごめん」  自分の腹の上で困惑する哲治を、冷え切った気持ちで見上げる。どこまでも自分を「所有物」だと思っているこの男を、もう友人とすら思えそうにない。  哲治はごめんと繰り返しながら、陸の頬を両手で包んだ。口の端を切ったらしく、ピリッとした痛みが走る。 「陸、お願い。そんな目で見ないで」 「もう、どいてくれないかな」 「陸……!」  どれだけ懇願されても、愛想笑いすら浮かばない。 「陸、もう二度としないから。だから……」 「悪いけど、これ以上話をしたくないし、顔も見たくないよ。お互いのために距離を置こう」 「嫌だ」  哲治の潤んだ瞳は、海の底のような色をしていた。震える声で陸の名を呼び、頬に触れていた両手を喉元にまで下げる。 「哲治、離せ」  首を掴む指先にまだ力は加わっていないが、その気になればあっという間だろう。命を握られている恐怖に、陸は青ざめる。 「俺、どうすればいいんだろう。陸、助けてよ」  ずっと哲治から出されていた救難信号を拒み続け、こじれにこじれて行き着いた先が今なのだ。やはり待ち受けていたのは破滅だった。 「……哲治を助けてやれるのは、俺じゃない」  陸の返答を聞き、哲治は泣き笑いのような表情をした後、両手に徐々に体重をかけた。ゆっくり首を圧迫され、苦しさよりも頭がぼうっとしてくる。  辛うじて手を動かし、頭の直ぐ近くにあった竹製の串入れを掴んで、哲治に向かって投げつけた。思い切り投げたつもりだったが、もう力が全く入らない。哲治には当たらず、カランカランと乾いた音を立てて床の上に転がるだけだった。 「陸……本当はもう、ずっと前から解ってた」  か細い声で告げられ、陸は焦点の合わない目で哲治を見上げる。どんな顔をしているのか、もう見えない。 「哲治! オマエ、何やってんだよ!」  自分に覆いかぶさる大きな影が、物凄い勢いで横に吹っ飛んだ。ふいに呼吸が楽になり、陸は咳き込みながら顔だけを動かし声がした方へ向ける。 「きよ、とら」  哲治を殴り飛ばした清虎が、陸を背に庇うように立っていた。哲治は地べたに座り込み、諦めたように項垂れている。

ともだちにシェアしよう!