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迷路の途中で③

 翌日の昼頃、哲治からスマホに「ごめん」と短いメッセージが届いた。恐らく謝罪の言葉を悩みに悩んで迷った挙句、やっとの思いで打てたのがこの三文字だったのだろう。  こちらも返信に少々悩んだが、ブロックせずに既読を付けたことが、今の精一杯の返事だということにした。  文面だけとは言え、やり取りを再開するにはもう少し時間が欲しい。  一晩経って余計に腫れてしまった頬に、タオルで包んだ保冷剤をそっと当てる。陸はベッドに寄り掛かり、天井を仰いだ。 「今日が日曜で良かった」  とは言え、明日もまだ腫れは引かないだろう。この顔を見た深澤に何と言われるか。  母親には今朝、悲鳴を上げられた。酔って転んで顔面を強かに打ったと説明し呆れられたが、深澤にその言い訳では通じない気がする。  参ったなぁと、憂鬱な気分で溜め息を吐いた。  不意に、無造作に置いたスマホから着信を知らせる音が鳴る。発信元は遠藤で、このタイミングで連絡が来たことに少し身構えてしまった。 「もしもし」 『休みの日にゴメンね。あのさ、同窓会の日に、陸くんが「清虎は同窓会に来たの」って聞いたじゃない? あの後、何となく私も気になって幹事のコに連絡とってみたの。そしたらね、今ちょうど浅草に戻って来てるんだって!』 「ああ……そうなんだ」  興奮気味な遠藤に「既に知ってる」とも言えず、歯切れの悪い返事をした。 『でさ、突然だけど、陸くん今日時間ある? 夜の部の整理券、並んで取ってきたの。良かったら、一緒に清虎くんの舞台観に行かない?』 「それは、哲治も一緒?」 『哲治? 哲治には声かけてないけど、どうして? 何かあったの』  陸の警戒するような声色を聞いて、遠藤も不穏なものを感じ取ったらしい。  あまりにも絶妙なタイミングに、もしかしたら哲治の差し金ではないかと少しばかり疑ってしまったのだが、今の反応からするに、どうやら杞憂だったらしい。 「いや、何でもない。哲治とは……ちょっと、ね。清虎の舞台、行きたいな。舞踊はあるけど芝居はまだ観たことないんだ」 『良かった! じゃあ、劇場前に集合しよ。開演三十分前でいいかな』 「うん、それでいいよ。誘ってくれてありがと。じゃあ、また後でね」    これで清虎に会うのはきっと最後になるだろう。そんなことを考えながら、遠藤の申し出を素直に受け入れた。  

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