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迷路の途中で⑥

 その後の記憶はあまりない。  気付くと舞台は終わっていて、遠藤に肩を叩かれて我に返った。 「陸くん、どうしたの。ぼーっとしちゃって」 「え、あ。もう終わってたんだ」 「うん。私たちも清虎くんに挨拶して帰ろ?」  遠藤が劇場の出口に視線を向ける。観客たちが役者と交流するため、ぞろぞろ列を作っていた。 「清虎と少し話したいから、最後尾でも良いかな」  陸の申し出に、遠藤は快くうなずく。列に並びながら、陸は跳ねる心臓をなだめるように胸に手を当てた。「少し話したい」と言ったものの、何から話せばいいか解らない。必死に頭の中で文章を組み立てていたが、清虎の前に立った瞬間、全て吹き飛んでしまった。  殆ど無意識のうちに、言葉よりも先に清虎の額に巻かれたハチマキに手を伸ばしていた。消えかかった「佐伯陸」と言う文字を見つけ、ああ、やっぱりと思わず唇が笑みの形を作る。 「なっ、なんやねん」 「俺のハチマキずっと持っててくれたんだね。嬉しい」  凛々しい剣士の清虎が、顔を赤くして狼狽える姿は何だか可愛くて可笑しかった。 「別に、アレやで。衣装に丁度良かったから、使(つこ)てただけや。深い意味はないからな。気持ち悪いとか思うなよ」  後半は標準語になっていて、陸は思わず吹き出してしまう。そうすると清虎は、拗ねたような顔になった。 「気持ち悪いだなんて思わないよ。俺、清虎のこと好きだから」  自分でも驚くほど、するりと言葉が出てきた。あまりにも唐突に表情も変えずに言ったので、清虎の方は怪しんで目を細める。 「陸、俺のことからかっとんの? ホンマ笑えない冗談やめてーな」 「ごめん。自分で言っておいて何だけど、俺もビックリした」  陸も困ったように眉を寄せ、呆気にとられた清虎とじっと目を合わせる。冗談だと思われたままでは不本意なので、清虎にだけ聞こえる程度の小声で「でも、本気」と付け加えた。  清虎の顔に、ますます戸惑いの色が広がっていく。 「そんなら、じゃあ深澤は……」

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