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結び直した糸⑤
バーラウンジを出てエレベーターホールに向かう途中、ぼんやりとした明かりが灯る通路で、陸は零に出会った時のことを思い返していた。
あの時はまさか、ぶつかった美女が清虎だとは思いもしなかった。ふと歩を緩めた陸に、清虎は「どうしたん?」と声を掛ける。
「うん。ここで零に会ったんだなぁと思って。さっき清虎は『すれ違ってそのまま離れればよかった』って言ったけど、俺はここで会えなくても、また別のどこかで必ず会っていた気がするよ」
陸が感慨深げに呟いた。誰も見ていないのを良い事に、手を伸ばして清虎の指に自分の指を絡める。手を繋いだような状態でエレベーターまでのわずかな距離を歩くと、愛おしさがこみ上げてきた。
「初めて会った時からずっと、清虎は特別な人だよ。他の誰も代わりにはなれない、唯一の人。好き過ぎて、おかしくなりそう」
「……ほら、また真顔でそういうこと言う」
清虎が陸の肩に額を乗せる。吐息が震えていて、そう言えば零もエレベーターで二人きりになった時、こんな風に震えていたなと思い出した。
「ねえ清虎。零の姿で会った時、もしかして泣いてた?」
「しゃーないやん。やっと会えて、言葉を交わせたんやから。あん時は、死ぬほど嬉しかってん」
清虎は、もたれていた陸の肩からゆっくり頭を離す。
エレベーターの扉が開いて、二人とも無言のまま乗り込んだ。一階のボタンを押した後、陸の隣に並んだ清虎がピッタリ寄り添って「なぁ」と口を開く。
「その傷、キスしたらやっぱり痛むん?」
陸は横にいる清虎の表情を伺う。清虎は正面を見たままで、心なしか耳が赤いような気がする。
「さあ、どうだろうね。されてみないと解らないかな」
こちらを向いた清虎と視線がぶつかった。次の瞬間、柔らかい感触が陸の唇に触れる。
初めは遠慮がちに。
ついばむようなキスを繰り返し、一度唇を離すと、熱のこもった目で見つめられた。体温がじわりと上がっていく。
再び口づけた時には、抱き合ってどちらからともなく舌を差し込んでいた。
清虎の感触を、五感すべて使って求めてしまう。
心と言う臓器は、一体人間のどの部分にあるのだろう。
脳も心臓も爪の先まで、瞬く間に清虎に浸食されていった。
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