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嫉妬くらいさせてよ⑥
一瞬言葉に詰まったが、ここまで世話になった深澤に隠し事をするのも気が引けて、陸は素直に「はい」とうなずいた。深澤の片眉がぴくりと上がる。
「それは、零が俺と一緒に住むことを反対してるから、ってこと?」
「それもありますけど、零が反対しなくても、お断りしようと思ってました。そこまで深澤さんに迷惑はかけられないし」
「俺は全然迷惑じゃないんだけどなぁ。むしろ、断られた方がよっぽど悲しいよ」
深澤がテーブルに身を乗り出して、陸と目線を合わせる。微笑みながら、言葉を続けた。
「助けて貰ったのがきっかけで、零と距離が縮んだのかな。……あれ、首にキスマーク付いてるよ。もしかして、零につけられた?」
「えっ」
陸は咄嗟に首を押さえて隠す。深澤はくすりと笑い「嘘だよ」と言い放った。カマをかけられたことに気付いて、陸は赤面しながら唇を噛む。
「そっか、そう言う関係なワケか。それじゃ、俺とは一緒に住めないよな。それにしても、佐伯くんと零だなんて、随分可愛らしい組み合わせだねぇ。まるでおままごとみたい」
からかって反応を楽しむような深澤の態度に、陸は苛立ちながら鰻重の最後の一口を掻き込んだ。それから伝票を掴むと、無言で立ち上がりレジへ真っ直ぐ向かう。
背後で深澤のため息が聞こえた。
「佐伯くん、ここは俺がご馳走するって言ったでしょ?」
「いえ、俺が出します」
財布を取り出そうとした手を、深澤に掴まれて制される。涼しい顔をしているのでそれほど力を入れているようには見えないのだが、陸がどんなに押し返そうとしてもピクリとも動かなかった。
「先輩の言うことは聞きなって」
結局、陸は支払わせて貰えず、不本意そうに「ご馳走様です」と小声で言った。
「ごめんね、からかうような真似して。でもさ、佐伯くんに感情があるのが何か嬉しくて、つい」
「感情があるって、どういうことですか」
憤慨しながら尋ねると、深澤は陸の肩を叩きながら口角を上げる。
「そういう所だよ。今までずっと表情も乏しいし従順だし、人形みたいだと思ってたんだよね。でも最近は、ちゃんと反応を返してくれるから凄く良い」
言葉とは裏腹に、なぜか深澤の笑顔は寂しそうだった。陸の肩に手を置いたまま、ポツリとこぼす。
「それにさ、嫉妬くらいさせてよ」
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