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*第二十五話* この心臓は誰のもの

 その日の夜、仕事を終えた陸は真っ直ぐ家には帰らず、劇場に向かって歩いていた。今から行けば公演には間に合わなくても、送り出しで外にいる清虎を一目見ることは出来るかもしれない。  ただでさえ浅草にいられる日数も残り少ないのだから、可能な限り清虎の姿を目に焼き付けておきたかった。  劇場前には既に劇団員と観客の姿があり、陸は少し離れた場所からその様子を見守る。  今日の清虎は花魁の衣装で、真っ赤な紅と白い肌が、夜の暗がりにあってもハッと目を引いた。  熱心なファンからプレゼントを受け取ったり、肩を並べて写真撮影に応じたり、時には顔を寄せ合って言葉を交わすなど、とにかく距離が近い。それも大衆演劇の良い所なのだと言い聞かせても、何だか清虎が娯楽として消費されているような気がして、不快な感情が湧いてしまった。  気付けば陸以外にも、通行人が何人も足を止めて清虎に魅入っている。ギャラリーの多さは、清虎の人気の高さを物語っているようだった。  最後の客を見送った後、清虎は路地を埋める観衆に向かって優雅にお辞儀をした。声にならない感嘆の息が周囲に広がっていく。  ぐるっと見回すように、清虎は潤んだ瞳で思わせぶりな眼差しを観衆に送り、陸と目が合うとそこで動きを止めた。  陸は清虎に近づきたい気持ちを抑え、その場で微笑んでうなずくに留める。陸が清虎に声を掛けてしまえば、今は遠巻きに眺めているだけの野次馬達も、なし崩しに清虎に群がってしまうだろう。  清虎も微かにうなずき返し、そのまま劇場へ引き上げていった。  清虎の姿が見えなくなると、立ち止まっていた人たちは我に返ったように再びそれぞれの目的地へ向かって歩き出す。静けさを取り戻した通りでぽつんと取り残された陸は、寂しいと言う感情を必死に飲み込んだ。  そもそも「寂しい」などと思うのは烏滸がましいだろう。少し前の自分にとっては、清虎を一目見れただけでも贅沢なことなのに。  陸はネガティブな思考を振り切るように足を踏み出したが、一歩進むごとに沈み込んでいくような感覚に襲われた。  このままでは溺れてしまう。

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