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この心臓は誰のもの⑤

『稽古が終わったら直ぐ連絡する。だから陸は、それから家を出たらええよ。俺が着替えたりしとる間に、陸もこっち着くやろ。あんまり早よ来て、外で待ってたらアカンよ。夜は物騒やから』  稽古の合間に送られてきた清虎からのメッセージに目を通し、陸は苦笑いした。  自宅に戻ってもソワソワして落ち着かず、早めに行って劇場前で待っていようかと思ったのだが、どうやら見透かされていたらしい。 「夜は物騒って、心配性だな。俺だって一応、成人した男なのに」  相変わらずボヤっとしていると思われているのだろうか。  ベッドに寄り掛かり、時間が過ぎるのを待つ。そろそろ日付を超える頃で、清虎からの連絡が待ち遠しくて仕方ない。  まるで遠足や修学旅行の前日のような浮かれ具合だった。大人になってから、こんなに何かを楽しみに待ったことなどあっただろうか。雑誌をパラパラめくって時間を潰そうとするが、内容が全く頭に入ってこない。  ふいにスマホから通知音が鳴り、陸の心臓が跳ね上がる。急いでメッセージを見れば、『終わった!』という文字と、楽し気なスタンプが五つも並んでいた。 「あはは。清虎も楽しみにしててくれたのかな」  陸は荷物を掴み、家を出る。気持ちが急いて歩くスピードが徐々に速まり、劇場に着く頃には小走りになっていた。  劇場前にはまだ誰の姿もなく、隣のコンビニで時間を潰そうと視線を移したところで、店内に清虎の姿を見つけた。黒いキャップを被り、フレームがやや太めの黒縁眼鏡をかけている。  変装だろうかと思いながら声を掛けようとすると、清虎の後ろに若い女性がいることに気付いた。  女性は清虎の腕に馴れ馴れしく自分の腕を絡め、ぶら下がるように甘えている。清虎の方は笑顔ではあるものの、困っているような雰囲気があった。  客なら本名で呼ばない方が良いだろうし、ただのナンパなら芸名で呼ばない方が良いだろう。店から出てきたところで陸が「こんばんは」と呼びかけると、清虎はホッとしたような表情を見せた。 「えー、なぁに? 零、この人だぁれ。知ってるヒト?」  二十代前半くらいの女性は、ダークブラウンの長い髪に控えめなメイクで見た目は清楚なのだが、喋るとその印象はガラリと変わった。

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