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この心臓は誰のもの⑥

 しんと静まり返った真夜中のコンビニ前で、清虎はよそ行きの笑顔を女性に向けた。なだめるような声色で、優しく答える。 「この人は俺のマネージャーやねん。直ぐ戻る言うて出て来たんに、なかなか戻らんから迎えに来てくれたんちゃうかな。ね、だから離したって。もう行かな」 「やぁだ。行かないで。まだまだ一緒にいたいよ」  彼女は小さな子どもがイヤイヤをするように首を振り、掴んでいた腕を思い切り引っ張った。距離がグッと縮まって唇が触れそうになり、清虎が慌てて顔を背ける。 「ごめんなぁ、またね。気ぃつけて帰ってな。あぁ、そや。コレあげる。お家帰って飲んで」  清虎は買ったばかりの缶入りのミルクティーをレジ袋から取り出し、女性に差し出した。それを両手で受け取った彼女は、嬉しそうにニッコリ笑う。  「わぁ、ありがとう。ミルクティー大好きなの。でも、零のことは、もっともっと大好きよ」 「おおきに」  腕が離れた隙に、清虎は素早く女性から距離を取って陸の隣に並んだ。 「早よ行こ」  陸に小声で耳打ちした後、女性を振り返り笑顔で手を振る。彼女は追って来ることはせず、その場で機嫌よく手を振り返した。清虎も陸も、自然と早足になってしまう。 「タクシー捕まえようか。万が一、マンションまで付いてきたら困るでしょ」  何となく状況を察した陸は、大通りで客を降ろしているタクシーを見つけ駆け寄った。丁度よく表示板が「支払い」から「空車」に変わったのを見て、運転手に声を掛け無事に乗車する。  後部座席で清虎は、心底疲れたように息を吐き出した。 「陸、すまん。変なコトに巻き込んでしもた。あないな時間にあの子が来たんは初めてで、びっくりしてもうた」 「いや、全然。むしろ俺といる時で良かったよ。あれってファンの人?」 「そ。送り出しの時も距離が近い子やなとは思うてたんやけど、何度も劇場通ってくれるし、お花もたくさん貰うから、突き放すことも出来んでなぁ」 「お花……って現金のことだよね。凄いな、よっぽど清虎が気に入ったんだろうね」 「有難いことやねんけどな。このまま度を超すなら、ちょっと考えんとアカンな」  清虎はくたびれたように、陸の肩に頭を乗せた。

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