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この心臓は誰のもの⑧
清虎はクスクス笑いながら布団にもぐり込み、陸に擦り寄る。洗いたての髪から微かにシャンプーの甘い香りがして、陸の情欲を掻き立てた。じわっと体温が上がり、手をつないで指を絡める。
陸とは対照的に、清虎の笑顔は無邪気だった。官能的な気配は皆無で、純粋に嬉しくて仕方ないといった雰囲気が漂う。
もしかしたら自分のテリトリーで家族以外の誰かと眠ること自体、今までなかったのかもしれない。
そう言えばこの前はひたすら求めて貪り合ってしまったので、こんなに穏やかな時間の流れ方ではなかった。
何となく隣り合っている状況に懐かしい気持ちが湧いてきて「修学旅行みたいだね」と陸は口にした。
「へぇ、修学旅行ってこんな感じなんか。そら、楽しいやろなぁ。陸はホンマ、俺の欲しかったもんたくさんくれるな」
その言葉に胸が締め付けられた。学生らしい想い出を、清虎はあまり持ち合わせていない。
陸は清虎を抱きしめながら、金糸のような髪に口づける。
「清虎の欲しいものは何でもあげる。俺の心臓も、清虎のものだよ」
清虎の瞳が揺れ、陸にしがみつくように背に腕を回した。
「そんなら俺の心臓は陸のもんや。俺は陸がおったらもう、他に何もいらん」
清虎の孤独を癒したくて、陸は抱きしめる腕に力を込めた。互いの存在を確かめるように身を寄せ合い、同じ拍子で鼓動を刻む。
「なぁ、陸……」
清虎の声はか細く、迷った末に語尾を飲み込んでしまった。
「なに?」
「いや、やっぱええわ。あ、そや。明日の朝、出かける時はちゃんと俺のこと起こしてな。ほな、おやすみ」
「……うん。わかった。おやすみ」
言いかけた先を想像し、陸の胸が痛んだ。もしかすると清虎は、「次の街も一緒に行こう」と言いたかったのかもしれない。
もちろん陸だって、出来れば離れたくないと思っている。当然ついて行くべきだろう。
そう思う一方で、今の仕事を辞め、地元を離れて大衆演劇と言う全く未知の世界に飛び込むには、まだどうしても迷いがあった。
申し訳ない気持ちで、瞼を閉じた清虎の顔を見つめる。
時計の秒針がカチカチと静かな部屋に響いて、それが心臓の音と僅かにズレるものだから、どうにも落ち着かず呼吸さえも苦しくなった。
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