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野暮なことせんといて②
大きなお世話だと思いながら「何のことですか」と陸はとぼけた。深澤は陸に顔を近づけ、周囲に聞こえないよう声の調子を落とす。
「いやぁ。付き合いたての今が、一番楽しい時期かなぁと思ってさ」
今日はやけに突っかかるなと、陸は睨むように深澤を見返した。今が一番楽しいなら、この先は徐々に色褪せていくと言いたいのだろうか。
冗談じゃない。
「十年先も、『今が一番楽しい』と変わらず思ってますよ」
「そうだと良いね」
苛立ちを隠そうともしない陸に動じることなく、深澤は静かに微笑んだ。
「店の件はちょっと後日改めようか。佐々木にも声をかけておくからさ」
「店には自分一人で行くんで結構です。もうこちらのことは気にしないでください」
「ホントごめん。怒らせるつもりはなかったんだ。俺、好きな人のこと構い過ぎちゃうんだよねぇ」
どこまで本気で言っているのだろうと、陸は訝し気な視線を向けた。相変わらず深澤は飄々としているが、多少は参っているらしい。
「構うって言うより喧嘩売ってますよね。面倒なんで、絡むの止めてもらっていいですか」
「そんなにハッキリ言われちゃうと、流石に凹むなぁ。まぁ、これ以上嫌われたくないから退散するよ。作業の邪魔しちゃってごめんね」
ひらひらと手を振って、深澤は悲し気な表情で立ち去った。そんな顔をするくらいなら、初めから絡まなければいいのに。一体何を考えているのだろうと、陸はこめかみの辺りを押さえた。
とにかく今日は早めに仕事を切り上げようと、気を取り直して再び作業に没頭する。
夕方頃になって、清虎からメッセージが届いた。それを見た陸は、ガックリと肩を落とす。
明日の演目が急遽変更になり、今日も遅くまで稽古をすることになったらしい。むしろいつもより時間がかかりそうなので、今日は泊りに来ない方が良いというような内容だった。
『じゃあ、また送り出しに間に合えば、顔だけでも見に行っていい?』
そう送ると、すぐに返事が返ってくる。
『そんなら、劇場の裏手の階段登って楽屋に来てや。あんまり時間は取れんけど、俺かて少しでも陸に会いたい』
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