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野暮なことせんといて③
会いたいという文字が目に入り、胸の奥が温かくなる。まるで自分の内側にランタンがあって、清虎に好きだとか会いたいと言われる度に、そこに灯る火が強くなるような気がした。
これから先、きっとこの灯りが心細い夜を照らし、守ってくれるのだろう。
仕事を終え、あと何回ここで清虎に会えるのかと考えながら、いつものように劇場へ向かう。
たどり着いた時には既に送り出しは終わっていて、劇場前の通りには名残惜しそうな観客が数名いるだけだった。
陸は清虎に到着したとメッセージを送り、夜の闇にまぎれてこっそり裏手に回る。
路地に入った所で「佐伯くん」と呼び掛けられ、驚いた陸が振り返った。バツの悪そうな深澤が「やぁ」と小さく手を挙げる。
「こんな所で何してるんですか」
「いや。ちょっと時間があったから、芝居を見に来たんだ。そうしたら、佐伯くんの姿を見つけてさ。……昼間のこと、ちゃんと謝らせてくれないかな」
まさか待ち伏せされたのかと深澤を凝視していると、階段の上のドアが開いた。そこからまだ花魁の衣装を着けたままの清虎が顔を出し、手招きする。
「何で深澤サンまでおるの。まぁええわ、二人とも早よ入って」
深澤まで呼んだのは不可解だったが、ひとまず言われるまま階段を上り、建物内に入った。楽屋と言うより物置のような雑然とした空間で、そのうちの一角をパーテーションで区切って清虎が使用しているらしかった。
「せっかく深澤サンが来てくれはったから、一度ちゃんと話しとこかなぁ」
そう言って清虎は、真正面から深澤を見据えた。花魁姿の清虎は、いつにも増して凄みがある。
「あまり時間があらへんさかい、単刀直入に言わして貰いますね。深澤サン、陸のこと気に入っとるようやけど、野暮なことせんといてくれますか」
「野暮なこと」
は。と、深澤は清虎に気圧されながらも笑い飛ばした。清虎は深澤から目を逸らさず、更に畳みかける。
「もしかして、もう少し上手くやったら陸が手に入るとか思てます? ありえへんから諦めてや。髪の毛一本かて、陸を貴方に譲る気はあらへんよ」
どちらが優位か知らしめるように、清虎が絢爛な笑みを浮かべた。
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