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野暮なことせんといて⑤

「心配なんかしてないよ。今までだって離れていても、いつも清虎を感じてた。だから俺は大丈夫。でもさ、清虎は命をもっと大事にして欲しいな。俺のものでもあるんでしょ? この心臓を勝手に止めたら許さないからね」  陸が鼓動を確かめるように、清虎の胸に手を当てる。清虎は陸の手に自分の手を重ね「わかった」と微笑み返した。  陸の胸の奥に、じんわりとまた火が灯る。 「あーあ。ホント、嫌になっちゃうよね」  呆れたような深澤の声を聞き、陸は視線をそちらに向けた。陸の肩を抱く清虎の力が強くなる。  深澤は両手を挙げて、降参のポーズを取っていた。どうやら呆れているのは自分自身に対してらしい。 「参ったなぁ、付け入る隙もないなんて。久しぶりに大人げもなく、感情剥き出しにしたっていうのにさ。到底敵わないって思い知ったよ」  深澤の表情には諦めと寂しさとが入り混じっているようだったが、どこかさっぱりしたものだった。 「ほな、もう陸に付きまとったりせえへんやろな」 「しない、しない。もう、佐伯くんをどうにかしようなんて思わないよ」  息を吐きながら眉を下げた深澤は、陸に向かってごめんねと告げる。 「何でだろうね。キミに真正面からぶつかるの、怖かったんだ。だから少し、狡い方法で囲い込もうとした。ごめん」 「いえ……俺もずいぶん生意気なこと言いました。てっきりからかわれてると思ったから」  深澤は目を伏せて、切なそうに口を引き結んだ。しかしそんな表情は一瞬で隠し、直ぐにいつもの自信ありげな笑みを浮かべる。 「また明日から仕事仲間としてよろしく。じゃあ、ね」  そう言って、来た時と同じようにドアを開けて階段を降りていった。  清虎が、親指の腹で陸の頬を愛おしそうに撫でる。唇を寄せようとしたが、寸でのところでピタリと止めた。 「アカン。キスしたら、陸にがっつり口紅付けてまうな」 「いいよ。口紅、付けて」  せがむように身を寄せたが、清虎は笑って首を振った。 「外歩けんようになってまうで。そやから、こっちに」  陸の手のひらに、清虎は唇を押し付ける。赤く残った痕が消えないように、陸はそっと手を握り締めた。

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