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野暮なことせんといて⑦
「零は今日、よそで稽古があってね。もうここにいないんだよ。だから、また明日ね」
優しく諭すような声だったが、リナは露骨に顔をしかめた。清虎が「じぃちゃん」と呼ぶ年配の男性は、リナをなだめながら陸に「もう行きなさい」と目配せする。陸は立ち去るのを躊躇ったが、深澤が陸の腕を引いた。
「きっとこういう対応にも慣れているよ。俺たちが残った方がややこしくなるかもしれない。行こう」
そう言われて納得し、陸は会釈して深澤と共にその場を離れた。心配そうに振り返る陸に向かって、老人は笑顔で頷く。
劇場から遠ざかる程に、陸の歩く速度が落ちていった。何とも言えない歯痒さが募り、足取りは重くなる。そんな様子に気付いた深澤は、陸の歩幅に合わせて隣に並んだ。
「人気商売は大変だよね。あ、別に『だから俺にしときなよ』とか言うつもりは無いからね。単純に、苦労が多そうだから心配で」
「大丈夫です、慰めてくれてるのは解りますから。……こんな時、清虎のために何もできない自分がもどかしくて。でも、今まで俺が知らなかっただけで、似たようなことは何度もあったんでしょうね」
今更ながら、清虎について知らないことばかりなのだと実感する。
そもそもあの老人は、清虎の祖父なのだろうか。それともただの劇団員で、あだ名のように「じぃちゃん」と呼んでいるだけだろうか。
清虎に兄弟はいるのだろうか。どんな音楽が好きで、映画は何を観るんだろう。
一番得意な演目は何だろう。清虎が演じる役を、物語を、もっと理解していたい。
「俺、零に再会するまで、演劇関係の情報、全部シャットアウトしていたんです。思い出すのが辛くて。こんなことなら、もっと大衆演劇について勉強しておけばよかった」
「零はきっと、キミが側にいるだけで充分だと思うよ。まぁ、何かしてあげたいって気持ちは解るけどね。それに、今からでも遅くないんじゃないかな。大衆演劇についての勉強」
今からでも遅くないと言われ、陸の中で見えないダイヤルがカチャリと音を立てて回ったような気がした。
陸は立ち止まり、深澤を見上げる。
「深澤さんの助言は、いつも刺さります。それなのに俺……生意気なことばかり言ってごめんなさい。それに、気持ちに応えられなくて」
「いいよもう。これからもさ、俺に出来ることがあったら何でも言ってね」
「実は、俺……」
戸惑いながら発した陸の言葉に、深澤は目を見開いた後、静かにうなずいた。
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