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月夜の晩に⑥

「正直、『もういいよ』とは、まだ言えないけど。……そうだなぁ、清虎の劇団がまたこっちに戻って来る頃に、今度は遠藤さんも一緒に四人でメシでも行こうか」  陸の提案に、驚きながら哲治が頭を上げた。「ありがとう」と掠れた声で告げ、片手で目を覆う。  無事にリナをタクシーに乗せ終え、こちらに向かって歩いて来る遠藤を見て、陸は表情を和らげた。 「哲治と遠藤さんって良いコンビだよね」 「コンビっていうか、俺が一方的に世話になってるだけだよ。借りを作りっぱなしだ」  お似合いなのになと思ったが、言葉にはしなかった。戻ってきた遠藤が、「何の話?」と不思議そうに首を傾げるので、陸は「何でもないよ」と小さく笑う。 「俺、やっぱり自宅に帰る。今日はしっかり寝て体調戻すね」 「……そやな。俺も明日に備えて集中せな。浮ついた気持ちで千秋楽迎えたら、観に来てくれる人に失礼やもんな。万全で臨むわ」  清虎は一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、すぐに納得したように首を縦に振った。柔らかく微笑んで陸の髪を撫で、それから遠藤に目を向ける。 「今日はホンマおおきに。もし良かったら明日の舞台、招待させてくれへんかな。二人の席用意しとくし、観に来たってや」 「俺も?」  予想外だったようで、哲治が素っ頓狂な声を上げた。清虎は「お前はついでや」とツンと澄まし顔で言い放つ。 「ほなまた明日。おやすみ」 「おやすみ。明日の舞台、楽しみにしてるから」  清虎とは反対方向に歩き出し、「また明日」という言葉を噛みしめた。次の日の約束があることは、とても幸せなことだ。 「清虎くんは浅草を離れたら、次はどこへ行くの?」  遠藤が、おずおずと陸に尋ねる。 「来月は静岡だって。新幹線ならすぐだし、週末ごとに会いに行くよ。それにその後も、いつでも会えるから」 「まぁ、そうね。ちょっと大変だけど、陸くんと清虎くんなら距離も乗り越えられそう」  遠藤はうんうんと頷いたが、哲治は何かに気付いたような顔をして、憂わしげに陸をじっと見た。 「陸。無理はするなよ」 「大丈夫だってば」    相変わらず心配性だなと思いながら、泣きそうな哲治に笑顔を返す。見上げた空には珍しく月が出ていた。 「どこの場所からでも、見える月は一つだよ」

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