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月夜の晩に⑦
翌日の劇場は、昼夜ともに大入りとなった。劇団が千秋楽に選んだ演目は『娘道成寺 』。歌舞伎舞踏の最高峰を、大衆演劇風にアレンジしたものだった。一人の役者が約一時間、様々な女心を表現しながら踊り切るので、「女方舞踊の大曲」とも言われている。
大きな釣鐘の供養が行われる道成寺に、一人の白拍子が訪れる所から物語が始まった。本来女人禁制だが、供養の舞を舞うという白拍子が余りにも美しく、見惚れた僧たちは境内に入ることを許してしまう。
清虎が扮する白拍子の舞を、陸は舞台袖から固唾を呑んで見守っていた。
「本当に袖からで良かったのかい。こんな慌ただしい所じゃなく、向こうでゆっくり観た方がいいだろうに」
幕の影でちんまり体を丸めて見入る陸に、清虎のお祖父さんが不憫そうに声を掛ける。
「すみません。お邪魔だったら直ぐにどきます」
「いやいや、邪魔じゃないよ。むしろ、ここから観たいと言ってくれて嬉しかったくらいさ」
今日はどうしても客席ではなく、清虎のいる世界から舞台を観てみたかった。そんな我儘な申し出は一蹴されるだろうと思ったが、団員たちは意外にも快く受け入れてくれた。
お陰で踊り続ける清虎の息遣いを、間近で感じることが出来ている。
娘道成寺の見所は、何と言っても「引き抜き」と呼ばれる衣装の早替わりだろう。
白拍子の衣装で踊っていたと思ったら、あっという間に今度は町娘の姿に変化し、客席から歓声が上がる。
恋の切なさを表現する踊りが終わると、次は想い人に会う前の乙女心を表す踊りになった。女心の変化に合わせ、また違う振り袖姿に一瞬で変化する。
着替えの手伝いをする後見の係と息がピッタリ合っていて、このために毎日遅くまで稽古していたのだなと、胸が熱くなった。
この演目は上演したいからと言って、誰でも容易く出来るものではないのだと、改めて知る。
一時間以上も観客を飽きさせず、惹きつける踊りの技術と相当な体力を持ち合わせた、花形の女形が居てこそ成り立つ舞台なのだろう。
やがて物語はクライマックスを迎える。
蛇の本性を表す鱗模様の衣裳になった清虎が、鐘の上からキッと見下ろして幕となった。
万雷の拍手が鳴り止まない中、清虎が舞台袖に引き返してくる。
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