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第2話

「……っ」  外は寒いにもかかわらず、吐息は熱い。そうだ、もうすぐあの時期がやってくる。  月に一度、オメガにはヒートがある。それは発情期とも呼ばれ、強烈な性衝動を感じる期間だった。オメガがアルファと結ばれ、子を孕み、増やし、地に満ちるための合理的なシステム。たとえ家を追われアルファと一生結ばれることのないオメガのアンリであっても、ヒートは毎月必ずやってきていた。  身体はまだ生きたいのだと、子孫を残したいと主張しているようで辟易する。森奥の僻地に抑制剤を売る店などあるはずもなく、身体の隅々まで駆け巡る熱を持て余しながらやり過ごす期間は、煩わしいとしか言いようがなかった。  この調子なら、ヒートは数日から一週間後だろう。ヒートの間は何もできなくなるはずだ。正確には、自慰行為以外は。早めに備蓄してある食物の数を確認しておかなければいけない。小川から多めに飲み水を汲んで、保存食も作っておいた方が良いだろう。  卵を塩漬けにでもしておこうか。そう考え、アンリは鶏小屋に向かった。小屋とは言っても、鶏が逃げ出さないよう、そして森にいる肉食の動物に襲われないよう、囲いがつけてあるだけだ。  小屋に近づいたところで、いつもより中が騒がしいことに気づく。狐かイタチか、天敵が近くにいて、その気配を察しているのかもしれなかった。  慌てて中を覗く。鶏たちは、群がって何かをつついていた。ばさばさという羽音に遮られ、何も聞こえない。つつかれている何かは声もなければ、動きもしなかった。動物や鳥の死骸にしては、やけに大きい気がする。この森には、自分より大きな野生動物はいないはずだった。  暴れる鶏たちを退かしていくと、脚が見えた。履いているのは皮のブーツ。間違いなく、人だろう。それも長身の男だ。泥棒だろうか……こんな森の奥に? 人が住んでいることは外から見て分からないはずだ。そもそも、アンリは金目のものなどほとんど持っていない。  この辺りは暖かな気候とはいえど、やはり冬は氷点下近くを記録しているらしく、雪も降る。放っておいて凍死されては寝覚めが悪い。アンリは、興奮している鶏たちをなだめながら、つつかれていた男を引きずり出した。

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