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第5話
男の看病をして三日目。熱も引いて、もうすぐ起きるだろうという予感があった。だから、アンリは薬草の他に、精のつくものを用意する。といっても、ここで出せるのは、干し肉と葉の物を卵でとじたものがせいぜいだ。上品な暮らしをしてきた者の口に合うかは分からない。もし「こんなもの食えるか」と言われたら、即座に追い出してやると決めていた。
アンリの知っている貴族というのは、品があり、所作のひとつひとつが静かな人々だった。そして、時に傲慢で、人の話を聞かない。
だから、調理をしていたら突然派手な音が聞こえてきて驚いた。まるで、寝台ごとひっくり返ったのかと疑いたくなるくらい大きな音だ。それから、戸惑っている声も聞こえる。体格に比例しているわけでもないのに、やたら大きな声だった。
「蛇! 鶏と蛇が!」
おかしい。この季節、あまり蛇は見かけないのだ。うっかりどこかから迷い込んできたのだろうか。とはいえ、病人と一緒に慌てて騒いでも意味はない。よほどの毒がなければ、捕らえて捌いてもいい。アンリは火を止めて、ゆっくりと寝室に向かう。
そこでは、男がひっくり返っていただけだった。
足を指さしながら、蛇が出たとか、鶏がつついてきたとか喚いている。おそらく熱に浮かされて、意識を失う前の記憶を、断片的に思い出しただけだろう。
「鶏からは救い出してやったから安心していい。それと、あんたが指さしてるのは、ただの湿布。気持ち悪かったなら剥がせば」
それだけを言って、調理場に戻る。とりあえず、料理は置いておき、薬草を白湯に溶かして持っていくことにした。
「少し前まで、熱が出て身体が弱ってたんだ。これは効くから飲んだらいいよ」
アンリが人と喋るのは久しぶりだった。だから勝手が分からず、相槌も聞かずに淡々と言葉を投げるだけになってしまった。その証拠に、目覚めた男はぽかんと口を開けている。あれだけ蛇だの鶏だの騒がしかったのが嘘みたいだ。
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