では、レオンの目的は何か。アンリのようなオメガをからかう目的として考えられるのは、ただひとつ。 　昔、社交界である貴族のアルファが話しているところを、聞いてしまったことがある。彼らは、修学の旅で、何度か片田舎のオメガと関係を持ったという。 　そして、どの地方のオメガが器量良しか、検挙でアルファを立てることに長けているのか、そして抱いた時の反応が良いのかを、飽きもせずに語っていた。 　下卑た猥談だというのに、彼らは誇らしげな顔をしていたことが、今もアンリの印象に残っている。それは、数多くのオメガを抱いたのだと、手に入れたのだという自負によるものだった。 　余談だが、そんなアルファほど、騒動をよくもたらすものだった。例えば、オメガに「あの時にできた私たちの子どもです」と訪ねて来られたという話も、社交界ではよく聞いた。 　所詮、レオンもそんなアルファの類なのだ。そう考えると、アンリは自分の頬が恥辱でかっと熱くなるのを感じた。 「一時の火遊びなら、他のオメガとやって」 　力を込めてみたが、どうしてもレオンに握られた手を振り払えない。それどころか、指先から伝わってくる熱に、身体の奥がきゅっと痺れるような感覚に陥る。 　これがオメガの本能なのだと、昔、教育された時に聞いた。アルファに逆らうな、アルファに従えという本能だ。あの頃は、そんな本能が存在することに疑問を抱かない程度には幼かった。そして、自分はいつかアルファと番うのだと信じて疑わなかった。アンリが自分は誰にも好かれないオメガなのだと知るのは、それからしばらく後のことだ。 　あの時のことを思い出すと、どうしたって胸が詰まる。でも、あれから時は流れ続け、二十年近くが経った。そして、ここにいるのは自分と、先ほど知り合ったレオンの二人だけ。もう誰の目もない。アルファに委縮する必要もない。そう自分を奮い立たせた。 　さらに力をこめて、ようやくアンリはレオンの腕を振り払うことができた。