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第12話
朝、アンリがレオンの様子を見に行くと、熱を出していたことも、あちこちに傷を作っていたことも嘘みたいにけろりとしていた。
「それじゃあ、俺は朝の支度をしてくるから。あんたは好きなことしてれば」
元気なことは分かったので、レオンはそのままにして、鶏のもとへ行く。彼は放っておいても大丈夫だろう。怪しい男ではあるが、盗みを働きそうもないし、たとえ働かれたとして、ここには盗まれて困るものなど何もない。
足の捻挫があるから、寝台から動けないし、暇を持て余すだろう。そして、森でのささやかな暮らしにも、自分にも飽きて、足が治り次第去っていく。そんな未来図を、アンリは簡単に描くことができた。
なのに、部屋に戻ったら、レオンはきらきらと瞳を輝かせて、動けない暮らしを謳歌していた。
「……何してるの」
彼は床に這いつくばっていた。鶏につつかれたり這いつくばったり、レオンはアンリが見たことのないアルファの姿を次々と提供してくれる。
「そこを動くな」
「は?」
レオンはそのままずりずりと這っていき、狭い部屋なのですぐに隅へと辿りつく。そこにあるのは彼の鞄だった。
「心配しなくても、何も盗ってない」
「そうじゃない」
それから、ごそごそと鞄から紙と鉛筆を取り出した。這いつくばったままで、がりがりと何かを描き始める。お絵描きを知ったばかりの子どもですら、こんなに笑顔ではないだろうと思うくらい、楽しそうに。
「もう一回訊く。何をしているの」
「絵を描いているに決まっているだろう」
相変わらず、口調は貴族らしく偉そうだった。
「修学の旅の途中なら、それ、綺麗な景色を描くやつでしょ」
一体、こんな古びた部屋の隅で何が描けるというのだろう。
「そうだ。だから、君を描いている。綺麗な絵を描く旅だからな」
これまで本気にしてはいなかったが、ようやく、レオンがアンリを本気で口説くつもりなのだと理解した。狭い世界で、アルファに嫁ぐ次期を待つだけの、世間知らずの貴族のオメガなら、甘い言葉で簡単に騙せてしまうだろう。しかし、残念ながらアンリは用心深い世捨て人のオメガなのだ。
「俺は風景じゃない」
「そんなの、見れば分かるだろう」
本当に、ああ言えばこう言う男だ。
「だが、窓から君が鶏たちの世話をしているのが見えた。その姿が綺麗で、今すぐ描きたいと思っただけだ」
「その結果が、ベッドからの落下ってわけ」
からの、這って画材を取りに行くという面白行為に繋がるわけだ。
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