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第13話

 呆れているアンリをよそに、レオンはすごい勢いで手を動かし、白い紙を線で埋めていく。 「分かったら、そこを動くな。さっきは窓からだったから、おおよそのデッサンしかできなかったんだ。綺麗な君を細部まで描き写したい」 「生憎と、俺があんたの言い分を聞く必要は無いよ」  それに、今日は鶏たちがたくさん卵を産んでくれた。バスケットいっぱいの卵をずっと抱えたままでいるのは疲れるのだ。  ふいと後ろを向くと、「まだ大まかにしか描けていない……」と落胆した彼の声が聞こえた。あまりにも不満そうなので、もっとまじまじと見てやろうと近づく。彼は項垂れていた。  つむじと紙を覗きこむと、大まかとは言っていたものの、描かれているのはざっくりとした輪郭ではなかった。髪も肌の質感も、しっかりと描き込まれている。画家も雇わず自分で修学の絵を描こうと考えるあたり、よほど腕に自信があるのだろうとは思っていたが――自惚れでも何でもなく、彼の自信は技術にきちんと裏付けされたものだったわけだ。  ただ、レオンの描く絵には、いくつかおかしな点があった。 「俺はこんなに綺麗な人間じゃない。そもそも、あんたにこんな笑顔を見せたこともないし」  それどころか、満面の笑みを浮かべたのはいつが最後だったのかも思い出せない。少なくとも、人のいない森でひとりで暮らしても、思わず笑ってしまうほど、可笑しいことも楽しいこともないのだから。 「いや、君は美しい。そこは何としても譲る気はないぞ。笑顔の方は……今はただの想像だ。クールに淡々とバスケットを抱える君も素晴らしいが、俺はもっといろんな表情が見たい。だから、笑顔だったらと思いながら描いたんだ」 「……それは、もはや別人じゃないか」  今のアンリは呆れ顔で、絵の中の自分とはどんどんかけ離れた表情になっているはずだ。なのに、彼は照れ臭そうにはにかんでいる。 「俺はずっと、君の笑顔を見たいと思っている。想像だけじゃなくて……いつか、本当の笑顔を俺に見せてくれ」  また、凝りもせず甘ったるい台詞を吐くレオンに、アンリの方が恥ずかしくなってしまう。そして、「動くな」というレオンの言葉に無視を決め込んで、くるりと踵を返すのだった。

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