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第14話
「あんたは食事中にまで絵を描くわけ……」
食欲が回復したのは好ましい。が、足をひねって動けない以外は、活発になりすぎているとアンリは思う。せめて、食事中にまで絵を描くのはやめてほしい。木炭が皿に飛ぶし、食卓に置かれたパンで線をぼかそうとするのは止めてほしい。
「君の手料理を全て食べたい。食事中の君も描きたい。だったら、両方するしかないだろう」
「……それは好きにすればいい。パンもスープも肉も、俺があんたにあげたものだから。食べるでもデッサンに使うでも捨てるでも、好きにして。ただ、こっちに害が及ばない程度にしてほしいって話だよ」
「捨てるなんてするはずないだろう!」
しかも、二人は微妙に話が嚙み合わない。いいところの貴族の出なら、教養も知性もあるはずだ。地頭も悪くはないはずなのに、どうもレオンは、アンリと話している時だけ頭が悪いような気がしていた。もっとも、それもアンリの警戒を解こうとする策略なのかもしれないと、彼はまだ心を許したわけではないが。
そもそも、アンリは彼の姉のように、自分の手料理を美味しそうに食べてほしいという人間じゃない。森の中で暮らしていると、鶏がなかなか卵を産まない日もあるし、畑の小麦が急に不作になることだってある。食事は、腹に入ればいいとずっと思っている。
「美食家の貴族様には、質素な食事は物足りないんじゃない?」
「そんなことはない! 君の手料理は本当に美味いし、まさか森の奥でパンが食べられるとは思わなかった」
「小麦は寒さにも強いから」
風土によって膨らみ方の違いこそあれ、育ちはするのだ。
「それから、パンにほのかな甘みがついているのも良い。果実の甘みではないようだが、森で砂糖がとれるのか?」
「いや、砂糖は別。たまに来る人が、気まぐれに分けてくれる。少しだけだから、あまり使わないけど」
「では、これは俺へのもてなしなんだな」
レオンは嬉しそうに千切ったパンを口に放り込んだ。
「そんなんじゃない。今日は甘いパンが食べたかっただけ」
「そうだったとしても嬉しい。今日の君の気分が分かったということだからな」
「本当に、ああ言えばこう言う……」
まるで、森に迷い込んだ旅人にお菓子をたらふく食わせ、油断したところで食い殺す童話の魔女みたいだ。もっとも、森に迷い込んだのはレオンの方だが。彼は、菓子のように甘い言葉ばかりをアンリに向ける。
その時、小屋の方に向かってくる足音が聞こえた。
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