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第20話

「……それは、嫌だ」  アンリが思わず身を捩ると、腕の力はすぐに弱まった。 「すまない……」  顔を上げれば、眉を八の字にした彼の顔が見える。明らかにしゅんとしていて、決してそんな顔をさせたいわけではなかった。そうさせるくらいなら、どうにかなってしまいそうな自分の本能を抑えれば良かった。離れていく手を、名残惜しく思う。 「……大丈夫。驚いただけだから」  そう言うと、彼の不安そうな顔が柔らかい微笑みに変わる。 「そうか」  今度はゆっくり、そっと抱きしめられる。 「ん……っ」  思わず声が漏れたのは、急に頭を撫でられて驚いたからだ。 「……これも嫌か」 「嫌……ではない。変なところを触らないなら、別に良い」  それからというもの、レオンは飽きもせずにずっとアンリの頭を撫でてくるアンリが最後に誰かから撫でられたのは、もう二十年近く前のことだ。刺繍の手伝いをした時に、姉が撫でてくれた。あの時は、照れ臭くてつい顔を背けてしまったけれど。  しかし、レオンの撫で方は、姉のものと似ているようで少し違う。褒める意図がないからだろうか。  ただただ愛しいというように触れ続ける。顔は背けないが、思わず目を瞑ってしまった。目が開けられないのは、きっと今、彼が優しい顔をしていると分かっているからだ。  見たら絆されてしまいそうだった。まだ出会って間もないのに、番になってほしいというあの問いに、頷きたくなってしまう。彼をまだ信用していないはずなのに。 「もう寝たのか……俺の看病をして、たくさん世話を焼いたんだ。疲れていたんだな」  これはレオンの独り言。そして彼は労うように「ありがとう」と呟いた。 「……おやすみ。良い夢を」  寝たふりをしているアンリの額に、静かなキスが落とされた。  変なことはしないと言っていたくせに。こちらはしていいと許可していないのに。  それでも、嫌だという気持ちは微塵も起こらなかった。

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