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第25話
レオンと暮らし始めてから数日は、平和に過ぎていった。あまりよく知らない他人が日常に踏み込んでくる、しかも好きだなどと言ってきてもどこまで信用して良いか分からない。そんな胡散臭い状況でも、人は慣れてしまうらしい。だんだんと、彼がいる生活に、心も身体も馴染んでくる。
レオンの方も早起きには慣れたようで、アンリが起きた後にすぐ目を覚ますようになった。無理して起きなくても良いと言っているのだが、「好きな人の一挙手一投足を見逃したくなどない。できることなら全てを絵に残したい」と、聞いた方が恥ずかしくなるような言葉を何の衒いもなく口にした。
とはいえ、歩けないというだけで寝台に寝転がっているばかりの生活は、レオンのような年頃の青年には退屈なのだろう。デッサンをしていない時は、「何か手伝うことはないか」と話しかけられた。
そのため、アンリは料理に使う植物の筋をとってもらったり、野菜の皮むきを頼んだりした。他にも、本を読みたいというので、小屋にある数少ない書物を渡す。あるのは、食べられる森の植物が記された図鑑くらいだ。年季の入った古い本に何を思ったのか、彼は優しい眼差しでそれに目を通していた。
レオンとの日々に、会話はそれほど多くない。歯が朝露を落とすくらいの静かさで、ぽつりぽつりと言葉を交わした。アンリは自分のことを話すつもりはないので、レオンの話に相槌を打つだけだ。それでも退屈はしなかった。
特に夜は、もったいないので灯りを長くつけてはいられない。蝋燭の炎を消した後、暗闇の中で囁くように彼の話を聞く。
「不思議だな。昔の俺なら、これだけ寝ていれば癇癪を起こす」
「ああ、身体が弱かったんだっけ」
子供は庭で駆け回るのが日課のようなものだ。なのにずっと寝ていろと親や医者に言われれば、癇癪だって起こすだろう。
「もう丈夫になったぞ。少なくとも、あちこちを旅しながら絵を描けるくらいにはな」
彼は小さく力こぶしを作る。
「そんな毎日を送ってるなら、ここでの暮らしは退屈なんじゃない?」
若者にとっては、何もない場所で過ごすことほど、無為で無駄なことだろう。アンリだって、余生を捨て去るようにここで生きているようなものなのだ。
「好きな人と過ごすのは、大切な時間だ」
無駄でも何でもないと、彼は言う。そして、アンリと過ごす日々を、穏やかで優しい時間だと、いかに自分はそれを大切にしているかを語って聞かせた。
「でも、もうすぐそんな時間も終わるよ。足はもう治りかけてるんだから」
「……ああ、そうだな。もう力を入れなければ歩けるようにはなっている」
もともと、彼がここにいるのは、怪我が治るまでという約束だった。
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