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第26話
まだここにいられないだろうか。そう言おうとした彼の言葉を、アンリは遮る。
「もうすぐ……半月もしたら、霜が降りて雪が降るようになる。厳しい冬というほどじゃないけど、雪の中、森で迷ったら命取りになるからね。それまでには、ここを出た方が良い」
そうか、と答えたレオンの声は、震えていた。
「だが、明日までは一緒にいられるんだろう?」
気を取り直すように明るく言った後、レオンはアンリをぎゅっと抱き寄せる。離したくないと名残惜しんでいるように。
結ばれない恋人同士の抱擁、こんな感じだろうか。アンリはかつて読んだ、貴族の教養とされている悲恋の戯曲を思い出した。
「あんたは貴族様で、しかもまだ若い。これから多くのものを見て、学んで、いつか領地と領民を背負って当主として立つんだ。そうしたら、俺のことなんて忘れるか、多くの思い出のうちのひとつになる」
そしてアンリも、人と関わらずに過ごしてきた中で、一時だけ、森を迷って怪我をしたアルファの面倒を見ていた。自分のことを好きだとかいう奇特なアルファのことは、気まぐれに吹くそよ風のように、時おり思い出すだけの優しい記憶になるはずだ。たとえ、レオンが忘れてしまったとしても。
「俺が君を忘れるなんて、ありえるはずがない」
またもやレオンの声が震えていることに、アンリは気づかない振りをした。
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