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第32話

 やがて、彼の掴んだ手を、口元に持っていく。彼の節ばった指を、唇で挟み、舌で味わいながら自慰をした。 「あっ、あぁっ、あんっ」  もっと、もっとと欲張るうちに、行為はますます熱を帯びていく。だらしなく開いた唇を唾液が濡らし、性器は擦る度にぐちゃぐちゃと水音を立てた。 「……本当に、これ以上は……」  彼は見てはいけないと固い意志を示しているようで、目はちらちらとこちらを見ている。そのことがますますアンリの興奮を煽った。「これ以上は」が理性を保とうとしての発言ではなく、本当に限界だったのだと分かったのは、次の瞬間だった。  レオンの鼻から、ぼたぼたと赤い液体が落ちていく。鼻血だった。 「あんっ……興奮、した……?」  彼も、自分と同じなのか、アンリは確認するだけのつもりだった。それでも声は蠱惑的に響いたのか、彼が掴まれていない方の腕で血をぬぐっても、まだ鼻から垂れ続けていた。  興奮しているのなら、もっとその気にさせれば、彼は自分をめちゃくちゃにしてくれる。そう思うと、性器を擦るのを止めても、期待で先走りが溢れてきた。 「……っ、刺激が強すぎる」  これくらい、どうってことないはずなのに。彼は何を言ってるんだろう。見つめると、彼はまた呻きながら袖で鼻血を拭っていた。 「俺には……経験がないんだ……」  最初は、彼が何を言っているのか分からなかった。それは、発情で意識がもうろうとしていたからだけではない。  経験がないというのはまだ分かる。地位の高いアルファの子息で、人柄も真面目であれば、正式にオメガを娶り番とするまで、遊びもしないという人はいるだろう。  しかし、地位が高いのならなおさら、教育を受けさせられることは多い。たいていは家の者の伝手を辿り、金を出して、育ちのしっかりしたオメガを連れてくる。そこで、オメガは股を開き、アルファに一から教えることになる。  どのように触れ、どのようにして挿入まで至るのか。挿入行為にまで至ることはないが、軽い愛撫をし合うこともある。アルファ側が不慣れだという醜聞を流さないために、暗黙の了解とされた教育だった。アンリも、どこかの誰かに手ほどきをするための教育は受けていた。もっとも、実際は教育係にされる時期が来る前に、貴族階級からは追い出されてしまっていたけれど。 「普通なら……ぁっ、これくらいは……んんっ、見たこと、あるはずだよ……」  煽るように、足を大きく広げてみせる。 「……っ、ない……。そういう姿は、好きな人のものを……最初に見るべきだろう」 「じゃあ……俺のは見たくない? あんた、俺のこと、好きって言ったくせに……」  性器を握っていたままの手を離し、指を後孔の方へと滑らせる。 「あっ……は、ぁ……っ、んんっ……ねぇ、此処から先も……見たくないの……?」  挿れることはしない。ただ焦らすように、縁を軽くなぞっているだけだ。  こんなはしたない真似を、したことはない。したいと思ったことも、相手もいなかった。  なのに今は、目の前のアルファを誘惑したいという一心で、自然にできてしまっていた。オメガの本能が、彼を引きとめるためなら、淫らでも滑稽でも構わないと訴えかける。 「……っ、本当は、見たいに決まっているだろう」 「ふふっ……よかった……あぁんっ」  指先を挿れると、くちゅりと音がした。 「俺が教育係になるから……ここにいて。いやらしいところ、ちゃんと見て……」

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