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第50話
アンリが鶏と話すようになったのは、森に来てから数か月が過ぎた頃だ。
理由は簡単。そうしなければ、狂ってしまいそうだった。
人が嫌いだと思っていたのに、誰とも何も話せないともなると、日に日に声が出なくなる。
言語すら忘れそうになっていると気づいた時、自分が自分でなくなりそうで、どうにかなってしまいそうだった。
だから、朝起きたら、鶏に挨拶をすることにした。それが始まりだった。
やがて話しかける回数は増え、とりとめのないことも話し続けるようになり、気づけば癖になっていた。
「……変な奴だって、嗤いたければ嗤えばいい」
「そうじゃない。鶏が羨ましいと思ったんだ。俺も、君に毎日挨拶をされたいし、寄っていくと撫でられるのもいいな。
「……なんだそれ」
思わず笑ってしまいそうになる。レオンは何でも良いように考えすぎなのだ。
「普通、森に籠もって、毎日鶏と話しているやつなんて、狂人だと思うのにね」
「全然思わなかったな。鶏と仲が良いのだなと思ったくらいだ」
「お人好し。すぐ悪い人に騙されそう」
「君になら、騙されても構わないな。だから戯れでも何でも話してくれ。ほら」
「……無茶苦茶だ。話せっていうなら、何か話題くらい提供したら」
とはいえ、無茶な話題を振られたら、沈黙を貫くつもりでいるが……。
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