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第60話

 何か壊していないだろうか。袋の中で絵具でも飛び散っていたら悲惨なことになる。レオンなら笑って許してくれそうでもあるが……こっそりと中を見ると、袋の中には紐で束ねられ、本のようにした紙束が入っている。  以前、アンリが見た時よりも冊数が増えているように思えた。ここに来てから描き続けていた分もあるのだろう。  ここでは、彼はアンリばかりを描いていた。さすがに裸の絵を描きたいと言われた時は拒否したが、それ以外、ひと通りのポーズはとらされたような気がする。  アンリが「たまには俺以外も描けばいいのに」と言ったので、彼は今、鶏を描きに外に出ているのだった。  ――互いに想いが通じ合って、俺しかいないと……何があっても、俺と未来を紡いでいきたいと、ヒートではない時に君が思ってくれたら、番になろう。  ふと彼の言葉を思い出す。何度も聞かされる内に、彼の気持ちに嘘はないのだろうと思い始めた。しかし、彼が何故、自分にああも執着し続けるのか、その理由はまったく分からない。  一目ぼれか、あるいは本能か。アルファとオメガならその一言で片付くだろうと思っていたが――本能で行動しているにしては、彼は冷静すぎるのだ。  アンリのヒートに当てられラットになった時も、うなじを噛みたい衝動を必死に堪えているように見えた。本能の怖さは、ヒートになった時の自分が一番よく知っている。繋がりたくてたまらないはずなのに、彼はそれを理性で抑え込み、ただただ優しく触れようとする。  その事実に、拗ねているわけでもなければ、乱暴に扱われたいわけでもない。アンリは、彼のことを本当に何も知らないのだと痛感しただけだ。

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