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第61話

 以前見た彼のスケッチは、細い線が何枚も重ねられ、柔らかい印象だった。見た目と態度とは裏腹に、繊細な感性の持ち主なのかもしれない。  もっと、彼の絵を見れば、何か分かるだろうか。  袋の中から飛び出し、床に落ちていた紙束を拾い上げる。試しにぱらぱらとめくっていくと、最初の方に描かれているのは、やはりアンリだった。  時々、彼の妄想の産物なのか、ここ二十年ほど浮かべたことなどない満面の笑みをした自分の姿も描かれている。それでも、無表情や呆れた表情の方が多い。これは、彼も自分のことを知ろうと思ってくれているのだと考えて良いのだろうか。  さらにめくっていくと、アンリと出会う前に描いたであろう絵に辿り着く。森の外にある村や町なのだろうか。森を出ることなど滅多にないので、詳しい場所は分からないが、道端に生えている木が、森の木とよく似ていた。  彼は風景をよく描いていた。湖畔や都、草原。時おり、ふつくしい風景の中で静かに微笑む人物も描かれていた。彼は農民だろうか。スケッチをしているであろうレオンに向けられた表情は、とても柔らかなものだった。不遜な態度の癖に、人好きはするのだろう。  もしかしたら、彼がアンリを気にしているのは、誰もが彼に向けるはずである笑顔を、向けないからではないだろうか。  描かれた人は、皆、彼に笑顔を向けているのか。一枚くらい、自分のような人間はいないのか。  ずっと紙をめくり、絵が残り数枚になったところで、アンリは息が止まるかと思った。  そこには、見覚えのある景色が描かれていたからだ。

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