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第62話

 二十年近く前とほとんど変わらない風景に、心臓がばくばくと煩い音を立てる。呼吸が浅くなり、思わずシャツの上から胸を押さえた。  この景色を、俺は、もう二度と見ることはないと思っていたのに。まさか、彼の絵で見ることになるなんて。  描かれていたのは、貴族が住んでいるであろう、大きな屋敷。そして、多くの花が咲き乱れる庭園。  アンリはこの場所を知っている。週末になると、ここで姉がパーティーを開いていたからだ。レースがかかったテーブルの上には、べたつくほどに甘いケーキが、紅茶と一緒に用意されていた。  気のせいだ。錯覚だ。よく似た別の場所に違いない。そう願いながら、また紙をめくっていく。  次に現れたのは、別の見知らぬ屋敷だった。そうだ、彼はきっと、旅の途中で訪れた豪奢な屋敷を描いていただけだ。外観が気に入ったのだろう。全部、偶然に過ぎないはずだった。  とうとう紙は最後の一枚になる。  何事もない。ここに描かれているのは、自分の知らない景色や人物に違いない。やけに騒ぎ立てる鼓動を無視して、なんでもないように、描かれているものを見た。 「どうして、この絵がここに……」  この絵は、アンリにも見覚えがあった。もともとは大きな絵画で、屋敷では額縁に入れられ、飾られていた。

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