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第67話
夜通し歩き、朝になりようやく着いたのは、生家より大きな屋敷だった。先ほどまで降っていた前が、庭に咲く薔薇の花弁を濡らし、きらきらと光っている。
「お父様、いらっしゃったわ!」
嬉しそうな声が聞こえたと思ったら、アンリより少しばかり年上の少女が、駆け寄って来た。彼女が走ると、長くふわふわとした亜麻色の髪が揺れる。後ろからゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのが、彼女の言う「お父様」なのだろうか。
母が少女にお父様と呼ばれていた男性に近づき、何かを話している。アンリは、その場に少女と二人だけで残されてしまった。
何を話せばいいのか分からない。そもそも、アンリは人と話すことが苦手だった。
前の屋敷にいた人は皆、アンリが話しかけてもろくな返事をしなかったからだ。まるで、アンリと話す価値など無いとでも言うように。そして、昨日はとうとう、母まで自分と話してくれなくなった。
「貴方がアンリね」
アンリとは対照的に、少女は軽やかに唇を開いた。貴方と話したくてたまらないのだと、その声音が語っていた。目を細めて笑うと、華やかで上品な印象が和らぎ、年相応の少女に見えた。
「私はね、ミレーヌというの」
「ミレーヌ……」
アンリは名前を繰り返しただけだというのに、ミレーヌは「そう、そうなの」と嬉しそうに笑う。
「私ね、ずっと弟が欲しかったのよ! 仲良くしましょうね、アンリ」
彼女は、アンリが今まで出会ってきた人とは違った。雨上がりの晴れた空が似合う女性だった。
自分とはまったく違うのに、違うからこそ、強く惹かれる。その日、アンリは憧れの意味を初めて知った。
それが、血の繋がらない姉、ミレーヌとの出会いTだった。
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