74 / 138
第74話
「ずいぶんと元気がないわね」
せめて相槌くらいは打とうとしたけれど、口を開けば言いたくもない言葉や感情が零れ落ちてきそうで、アンリは口を噤んだ。
「レッスンは、辛かった……?」
その言葉に、こくりと頷く。
「……姉さんも、あんなの受けたの」
「ええ……アンリは、まだ発情期が来てないから、辛かったかもしれないわね」
「……俺には、そんなの来なくていい。来たって意味ないし」
自分は男だから、抱いても柔らかくない。楽しい話だってできないし、可愛げのある笑顔も作れない。だから貰い手なんてない。オメガはアルファに選ばれなければ自由に生きていくことはできない。そんな卑屈な言葉だけはぐっと呑み込んでも、姉にはお見通しのようだった。
「アンリを好きだっていう子は、絶対現れる。そういうの、運命の番って言うらしいわ」
「……それ、姉さんの好きな恋愛物語じゃん」
それに、姉が読んでいた物語に出てくるオメガは、可愛らしく笑える者ばかりだった。
「少なくとも、私はアンリの笑顔、可愛くて大好きよ」
慰めるように、姉はそっと抱きしめ、頭を撫でてくれる。追加でケーキを焼いていたのか、ほんのりと甘い香りがした。
ともだちにシェアしよう!