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第77話

 婚約の話はそこそこの数があったが、ミレーヌはどの話にも難色を示していた。  せめて会うだけでも……という両親の話すら、彼女は聞こうとしない。あまりにも頑なな態度に、父は彼女に理由を尋ねた。  貴族の家では、たいていの序列上位は当主である父おやだ。普通は彼が答えるだけで婚約の話は決まる。いずれは嫁ぎ、他の家の娘になるであろうミレーヌに、当主が譲歩を見せること自体、異例中の異例だった。  ミレーヌはしばらく黙った後、ようやく沈黙を破る 「……私より、アンリが先に嫁いだ方がいいと思うの」  それは、何ともおかしな気の遣い方だった。笑わない子供を笑わせようとパーティーに誘った時よりも、ひどく残酷な気の遣い方だった。  しかし、姉はその言葉を聞いた時のアンリの気持ちなど知らない。圧倒的に立場が違う者から――手が届かないほど眩しい憧れの者からの同情が、どれほど胸を刺すかを分かっていない。  アンリは思わず椅子から立ち上がった。そんなつもりはないのに、椅子を引くだけで大きな音を立ててしまった。驚いた姉がこちらを見ている。

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