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第80話

 あれから、アンリも律儀に考えてみたものの、結局答えは出なかった。自分のことは嫌いなまま。その結論は変わりようがなかった。 「姉さんが受けなよ、結婚の話。やっぱり俺は会う気ないし」  ケーキを食べながら、何でもないことのように軽く話をした。 「どうして?」 「姉さんは俺に自分のことを好きになってほしいって言ったけどさ、好きになったとして、他人から好かれることは、やっぱり少し違うと思うし」  自分で自分が嫌いだと気づいた時、最初は悲しかった。 「でも、俺には姉さんがいるから」  一方的に話しかけてきて、アンリのことを見て、たまに打つ相槌に嬉しそうな笑顔を見せてくれる、少しお節介な姉が。  彼女は前の屋敷にいた人々のように、アンリをいらない者として扱わなかった。 「だから、いいんだ」  これも、彼女の嫌いな諦めることの内に入るのだろうか。 「本当に、俺のことは気にしないで。姉さんがいい話だと思ったら、受ければいいんだよ」  姉はしばらく固まっていたが、やがて静かに口を開いた。 「……もし、私が結婚しても……貴方と話をしに、遊びに来ていいかしら?」 「好きにしなよ」  姉は、アンリの出した答えを、言葉を聞いてくれた。そして、また自分と話をしたいと言ってくれた。それだけで良いとアンリは思いながら、かつて、彼女が「ひとりでも好きだと言ってくれたら勝ち」と言っていたことを思い出していた。

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