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第81話

 やがて、ミレーヌはアーベル家に嫁ぐことが決まった。古式ゆかしい名門貴族で、相手は少し年上だということだったが、悪い話ではないだろう。  ミレーヌは、週末には皆への報告も兼ねて、いつもより豪華なパーティーを開くのだと張り切っていた。そして、手料理もいくつかは自分で作るのだと言って聞かない。 「今の皆は、きっと大人な味の焼き菓子がいいのよね……甘さは控えめにして、上等な葡萄酒で風味づけをしてみようかしら……」  彼女は日夜厨房で研究を重ねているようだった。アンリはたまに呼びつけられ、やれ味見をしろだの地下の貯蔵庫から食材をとってこいだの、体よく走らされていた。  特に前日の朝になると準備は大詰めで、砂糖の入った壺や、貯蔵されている食材を箱ごとと、男手であるのをいいことに、少し重いものを次から次へと厨房へ運ぶ。  次はなんだと身構えていたら、出てきたのは姉ではなく、使用人の女が一人。 「中庭の木から、赤い実を持ってきてほしいと」  たしかに、庭に小さな赤い実のなる木が植えられている。イタズラにひとつもいで口に含んだら、酸っぱくてたまらなかったことをアンリは思い出した。そんなものを、姉は焼き菓子に入れるのだろうか。いつもは野苺を入れるくらいだったのに。 「とにかく、早く実がほしいそうです」  使用人の女性は、見張りでもしているのか、扉の前から動く気配がなかった。姉は新しい味にしたいと言っていたし、名前も知らないあの赤い木の実にこだわりがあるのかもしれない。

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